お題『最悪』
「おやすみなさいませ、主様」
読み聞かせの本に栞を挟み、掛け布団を整えてからランタンの灯りを絞った。
執事としてどうかと思うけれど、夜中に目が覚めた時に誰もいないのは怖くて嫌だと主様がおっしゃる。だから担当執事の俺が添い寝して差し上げているというわけだった。
モノクルを外して主様の幼い寝顔を覗き込んだ。まだ七歳というべきか、もう七歳というべきか。だんだんと前の主様に似てくるその容姿に、時折胸が苦しくなる。
前の主様は、今の主様のお母様にあたる。俺が前の主様と出会ったときには既に身重だった。
シングルマザーだとカラッと笑っていらっしゃったが、ある夜中のこと、ご様子を覗った折にお腹を摩りながら、
「ごめんね、ひとりぼっちにさせちゃう」
とぽつりと漏らしていた。
その言葉は的中した。
元々の体力の無さが祟ったらしい。産後の肥立ちが悪く、ほどなくして亡くなられた。
俺は、前の主様に片想いをしていた。
もし今の主様が生まれていなかったら、俺はいまだに泣き暮らしていたかもしれない。だけど不幸中の幸いというか、生まれたばかりの赤ん坊の世話に追われて泣いてばかりいられなかった。
そして、日に日に前の主様に似てくる今の主様への感情に俺は思い出したかのように振り回されてしまう。
それは、もしかしたら執事としては最悪な感情なのかもしれない。
6/6/2023, 10:38:29 AM