長い髪を伝っていった水滴が、髪先から雫となって落ちた。
僕を見下ろす透明な眼差しが、僕の見た最後の景色。
「どうして?」
浮かぶ疑問は声にはならなかった。
代わりに僕の口からはいくつもの水泡が地上へ逃げていった。
湖の桟橋から引きずり落とされた僕。
差し伸べたはずの手は気がつけば水中に、視界は反転して湖が空になっていた。
薄曇りの空はこの人の髪色を写したようだった。
すぐさま桟橋に上がろうとした僕を、その人は突き落とした。
どんっと押された途端に、重しでもつけられたかのように後ろへ沈んでいく。
先程軽々と泳いだ体は重く、腕のひとかきもできなかった。
不思議に思いこんがらがる頭と、早く上がらなければと焦る気持ち。
だが、そのふたつを塞ぐかのように僕を支配していたのは、
(美しい)
あの人を見て浮かんだ一言だった。
その一言に支配されたまま、僕の体と意識は、闇に沈んでいく。
/6/10『美しい』
ただ正直に生きているだけなのに
ただ人に優しく生きているだけなのに
なぜこんなにも苦しい思いばかり
しなければいけないのか
なぜ私の周りの人は
いなくなってしまうのか
/6/9『どうしてこの世界は』
6/10/2025, 7:03:01 PM