枯葉

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呼び鈴が鳴った。

――彼女だ。

男は弾かれたように立ち上がった。息が詰まるほどの期待と焦燥に胸が軋む。扉を開けた瞬間、彼女の笑顔がそこにある――その確信だけが、彼を駆り立てた。

薄暗いワンルームの床が軋む音が響く。埃っぽい空気を切り裂くように、玄関に向かう足音が重なっていく。

だが、ドアノブに触れた瞬間、すべてが音もなく崩れ落ちた。

耳に残っていたはずの呼び鈴の音が消えた。静寂が、壁の染みのように男の周囲に広がる。空ろな瞳がゆっくりと細められ、男の手がだらりと下がる。

――またか。

目の前のドアはただのドアで、誰も訪れることはない。彼女がこの世にいないことを、何度知れば気が済むのだろう。彼女が轢かれたあの日、現実が彼を飲み込んだ。凍った道路、砕けたガラス、血の匂い。鳴り続けたスマホの音と、警察の冷たい声。

脳裏に浮かぶのは、かつて彼女がよく笑っていた場面だ。微笑みが消えた瞬間、世界の色彩は抜け落ちた。残ったのは灰色の時間だけ。

男は引き返し、暗闇に溶け込むようにソファに沈む。窓の外は曇天。明るいはずの昼間も、部屋の中では薄暗く、終わりのない夕暮れのようだ。彼は天井を見つめる。そこには何もない。ただ無限に広がる虚無だけが、視界を占める。

「なんで……」

声がかすれる。何度この言葉を吐いたか分からない。事故のニュースは毎日のように流れる。それでも、どうして彼女が選ばれなければならなかったのか。世界は何のために彼女を奪い、彼を残したのか。

世界を呪ったところで、彼女は戻らない。それでも、この無機質な世界に対する憎悪が、男の心の底でじわじわと膨らんでいく。

もし、この世界が少しでも彼に優しかったなら――。

また、呼び鈴の幻聴が耳元で鳴る。

今度こそ、と涙が滲んだ目で立ち上がろうとしたが、すぐに力は抜けた。立ち上がる気力も、もうない。ただぼーっと、頭の中で呼び鈴の音が繰り返される。

愛する人を失った部屋の中で、男はもう一度深い闇に飲み込まれた。

12/20/2024, 10:04:38 AM