名無しの夜

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元連れ合いは体が大層丈夫な人で、病気で寝込んだ覚えがまずない、という人だった。

対して私は年に数回、数日間寝込むような風邪(気管支炎併発などあり)をひく。

そうして私が寝込んでも、
『俺の飯は!? 家事をサボるな!』
などと言わない人であったのは非常にありがたかった。

それどころか一応ちゃんと心配してくれて、
『いいよいいよ、休んでて。飯は適当に買うから。あなたの分も買っておく?』
と聞いてくれる人でもあった。

まあ良い人(出来た人)部類に入るのでしょう。
——ここまでの話なら。


その日は運悪く週末買出し前で、冷蔵庫冷凍庫ともにほぼ空っぽ状態だった。

食欲はなくとも薬を飲むのに何かお腹に入れておきたかったので、

「あっさりした物を(食べたい)。ツルンとした物(うどんなどの麺類)を……」

と、ご飯買い出しの有無を問われた際にリクエストを出してみた。

明確に言えなかったのは、喉の痛みと熱で頭がボーッとしていたせいだ。

しかしまさか。
『オッケー、買ってくるよ』
の返答一時間後に。

「海鮮丼買ってきたよ! 半額で安かったし!」

という台詞を聞くとはついぞ想像だにしていなかった。

「え゛……」

文字通り、一瞬で様々な思いが去来したけれど、その呟きで止めた自分も割と出来た人間なのではと思ってしまった、その時は。


いやだって海鮮丼だよ?
そんなん、ある!?

風邪引いて38℃の高熱出してる病人に、半額の海鮮丼、って。

嘘だろ、マジかよ、ちょ待てよ——である。


なんて言うべきなのか、とても迷った。

しかし私は礼を言うだけにとどめた。

「ありがとう。でも海鮮丼はちょっと今は……。治ってからにしようかな」
「気分じゃなかった? あっさりした物って言ってたから、これならスルッと食べられると思ったんだけど」

——すげーなオイ。
丈夫な人の思考回路は理解不能だ。お手上げだぜ。

私はもう何も考えず、寝ることにした。

海鮮丼は、
「治ってからじゃ(数日後になるだろうから)傷んじゃうから食べちゃうね。また買ってくるから」

と、当日中に元連れ合いのお腹に収まりましたので無駄にはなっていません念の為。

……待てや。アンタ、カツカレーと唐揚げ弁当買ってきてたよな。
更に食ったんかい。ほんとスゲーな。
(おデブではないけど縦横デカイ人、とはいえ……)


また、別の時期。
その時は冷凍うどんなどはあったのだけれど、動くのがとてもしんどく。
そして怠いけれどお腹はとても空いている状態だった。

やたらと品揃え豊富なコンビニ(自前店舗持ちなオーナー店である)にいるよ、とのことだったので再度リクエストしてみた。

「丼物がいいな——卵とじ系の……」
「わかったよー、買っていくね」

その時、私の脳裏には一つの品物しか浮かんでいなかった。
それはその店に大体ある商品だったし、病人なのだから当然それをチョイスしてくれるだろうと、勝手な思い込みをしてしまった。

さて何が出てきたか、というと。


「買ってきたよー! カツ丼!」


——何でだよ!!!!

いや欲しかったのは親子丼だったからニアピン賞になるのか、これは?

いやいや違うだろ、重すぎだよ。
いうなれば胃弱なのに受験前日の夜食にカツ丼出されるレベルじゃないのかこれは?

何と言うべきか、などと考える以前に。
私は笑ってしまった。

「重いよ! 親子丼選んでくれるだろうと思い込んじゃってたよ!」
「え、そっちだったかー。ちょっと迷ったんだよ? でも食欲はあるって言ってたから、カツ丼の方が元気になると思って」

……うわーちゃんと考えた上の選択だったか。
指定しなかったこっちも悪いから何も言えねーですけども。

高熱出してる病人に、カツ丼食って元気になるかぁ。
もはや思考がアートチックなセカイだよ……。



ズレてると思うかどうかはその人次第なのでしょう。
まあ面白い人ではありました。

生活習慣があまりにだらしなくて我慢できず袂を分かちましたが——

不愉快なことばかりではなかったなと、ぼんやりと思い出してみたり。

12/17/2023, 5:06:15 AM