久住弥生

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酒はまだ、飲んだことがない。

親戚揃って下戸なので、テーブルを回って酒を注いで…みたいな席はなかったし、お前もやめとけ、と大学に入る時に釘を刺されている。
友達に連れてこられた飲み会で、先輩たちが馬鹿笑いをして肩を叩き合っているのをみて「ああ、これを酔っ払いと呼ぶんだな」と思ったけど、他人事だと思っていた。

多分今、俺は、酔っているんだと思う。

ノンアルコールのカクテルと、暗めの照明と、再会の余韻、少しも変わらないその笑顔。場に酔っている。

昔から彼女は、いつでも笑っていて、でもどこか寂しそうで、毎日会っていても、時々、とても遠くに感じた。
一度だけ見た涙を、俺は一生忘れないと誓った。

それなのに、手放してしまった。
手を伸ばすのをやめたんだ。
それなのに、本当に二度と会えないんじゃないかって、不安に思っていた。

ようやく、掴み直した、彼女と俺を繋ぐ糸。

終わらせない。今日だけで終わらせたりしない。
絶対、忘れたなんて言わせない。今度は。

「忘れる隙も与えないから、覚悟しておけよ」

のらりくらりと彼女はいう。
「ま、やってみな」

初めて会ったあの日の、赤い風船を思い出す。
歩道橋の上、風がさらった風船を捕まえようと身を乗り出した彼女の危うさを、俺だけが知っている。
もう、離さない。




#終わらせないで

11/29/2023, 3:36:49 AM