その溜息ごと口づけで奪えたならば
ああ、知っている。
私はその感情をなんと呼ぶか知っている。
彼女は、恋をしたのだ。
頬を染め、瞳を潤ませて悩ましげに溜息をつく夢見がちな横顔は誰よりも美しく可憐だ。
許せないほどに愛おしい。憎らしいまでに愛らしい。
細い指先を捕まえて縫い付けてしまえたならどれほど胸がすくだろう。さらさらと流れる髪を乱雑に乱してやれたのならどれほど胸が踊るだろう。
やわい身体を押さえつけ、逃げられないように囲い込み、戸惑う唇を奪えたならばどれだけ、どれだけ、幸せなんだろうか。
夢想するだけだ。実行する度胸なんてない。
なにより、積み上げてきた信頼と信用の上に成り立つこの立場を投げ捨てられるほど捨て身にもなれない。
愛しているからこそ、けして触れることが出来ない。
そうして私は今日も、良き友人の一人として彼女に微笑む。
『欲望』
3/1/2023, 10:31:51 AM