ドルニエ

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 あの日出ていった彼のために残していたかごを久しぶりに出した。帰ってくるところはここだと、待っているぞと長いこと軒下に吊るしていたかごは、朽ちてはいないがどうしてもみすぼらしくなっていた。もう無理だ、帰ってきやしないとしまおうとするたびに、悔しそうに反対していたルームメイト、出ていって久しく、生きているかも分からない彼が、それでも持っていくのは苦しいからと置いていったかご。ほこりやくもの巣よけに袋に入れていたから、汚くもないし、むしろきれいなものだと思う。雨風にさらされたかごは――さすがににおいはしないか。代わりに汚れてくれた袋には感謝。
 彼もさすがに生きてはいまい。天寿をまっとうできているなら、案外生きていてもおかしくないが、いや、奴は鈍くさかったからな。食事もへただったほどだしな。すんと鼻で笑って、かごを覗く。面影は見えないか。くせのある羽の輝きは思い出せるが、はてどんな顔だったか。まあ鳥なんだから、鳥臭いのだろう。思い出せない自分には失望もしない。突然、ポーの鴉の台詞がよぎる。――またとない。そうだ、またとないのだ。彼の面影も、彼の口癖も、彼と彼の息づかいも。そう思うとようやっとさみしさを俺は感じ。息を吸ったら――
 あくびが出た。

7/25/2023, 12:38:02 PM