もしも世界が終わるなら
2025/09/19書きかけ。
明日、世界は終わる。ここにある全ては消え、あったという記録だけが残るのだ。皆が全てを知っているのに、なにも知らないような顔をして、今日も世界は動いていく。
「そこ、右です。三つ先の信号まで、しばらくまっすぐ」
「あいよー」
ゆるい返事をしながら隣で運転する先輩に、進路を指示する。後輩の自分が指示というのはなんだかヘンな気分だった。全体の社員の仲が緩いので、今更かもしれない。社長にすら敬語を使わない人もいる。
普段は自分の車で、先輩が助手席にいることが多い。だからだろうか、初めて乗った先輩の車にそわそわする。運転手が自分でなくてよかった。多分事故に繋がる。
車は、新車にも関わらず良い香りがした。新車独特の謎の匂いもしているが、薄らとあの落ち着く香りが鼻を掠める。香水の知識はないが、いつも先輩が纏わせているものと一緒だと感じた。先輩が隣にいるから、そう思うだけかもしれない。
「なぁ、明日は最後だけどさ」
突然、水をぶっかけられたような気がした。スゥ……っと指先が冷える。先輩は、まるで今日から一週間は晴れるってさ、みたいな口ぶりで、制限時間を口にした。
「明日は何すんの?」
「あー……普通に仕事しようと思ってましたよ。明日で最後なの忘れてましたわ」
たは、と口角を意識して持ち上げる。思わずタバコを探すが、これは先輩の新車だと踏みとどまる。少し考えてから、火は付けずに口に咥えた。
「お前……禁煙するって言わなかった?」
「や、昨日はしましたって」
「吸ってただろ」
俺見てたからな、と即レスされたので、すごすごと箱に戻した。先輩は偉いと言いながら、片手でで車のサイドテーブルの中から飴を出しこっちに投げる。さっきの冷えはもうなかった。
「ナイスキャッチ〜」
「こんなので褒められても……」
飴をカラコロと転がす。ぶどう。
「そこの角左です」
「ん」
「明日、なんか予定あります?」
今度は自分から切り出した。不思議と落ち着いていた。糖分のおかげだろうか。飴玉がコロ、と音を立てる。
景色が後ろへと流れていく。この先を道なりに行けば、もうすぐ海が見えるはずだ。
「おれぇ? 街を周る予定ならあるよ」
「それ仕事じゃないすか」
「俺ってば仕事が恋人なの」
カチ、と歯が鳴る。飴玉が少し欠けたのを舌で感じた。
「ね、先輩、明日の最後、俺の横に居てくれません?」
「何それ、告白?」
先輩は少し黙って、遠くを見つめた。ずっと真っ直ぐ前を見ているから、前から見ていたんだろうけど。それを横からじっと見つめる。
「……死んでも良いわ、なんてね」
「それ、は、」
指先が熱い。心臓から巡る血が沸騰して、一気に末端まで届いていた。遠くから耳鳴りがする。エンジンの振動に、ふる、と身を震わせて、ガリと飴を噛み砕いた。口を動かすのに邪魔だった。
しばらく車内は静かだった。目的地に着いて、ハンドルが止まってからも静かだった。
9/19/2025, 12:28:38 AM