「飛べない翼」
冬の冷たい風が頬を撫でる街の片隅、俺はビルの屋上から夜景を見下ろしていた。地上に広がる光の海が静かに輝き、俺の心に染み渡る。もう一度、飛ぶことができたらいいのに。そんなことを思っていた。
「またここにいるの?」後ろから声がした。
振り返ると、そこには彼女が立っていた。ミユキ。大学のサークルで出会った彼女とは、どこか気が合い、気づけばお互いに何でも話せる存在になっていた。でも、一歩踏み込む勇気は、いつも出なかった。
「寒くないの?」彼女が近づいてきて、俺の隣に立った。
「ちょっと寒いけど、ここが好きだからさ。ここからだと、全部が小さく見えて、少しだけ楽になるんだ。」
「また重たいこと考えてるのね。」彼女は俺をからかうように微笑む。
実際、俺はいつも重いものを背負っているような気がしていた。自分ではどうにもできない失敗や過去の後悔が、翼のように背中に貼り付いて、前に進めなくなっている気がしていた。それでも、この屋上に来ると、少しだけ気持ちが軽くなるように感じていた。
「…私もね、同じなんだよ。」ふと、彼女が口を開いた。
「え?」驚いて彼女を見ると、ミユキは遠くを見つめながら続けた。
「私も、飛びたいんだ。自由に、どこへでも行けたらって、ずっと思ってる。でも、怖いんだ。昔、大事な人を失ってから、怖くて前に進めなくなっちゃった。」
彼女の告白に驚き、言葉を失った。いつも明るく振る舞っている彼女に、そんな悲しみが隠されていたなんて。俺が抱える「飛べない翼」の苦しみは、彼女も同じだったのかもしれない。
「でもさ、こうやって誰かと一緒にいると、少しだけ軽くなる気がするの。」彼女は微笑んで、俺の手をそっと握った。
その温かさに、心がじんわりと満たされる。重くのしかかる翼も、この瞬間だけは少し軽くなる気がした。俺と彼女、二人で支え合えば、この重い翼も少しは羽ばたけるのかもしれないと感じた。
「ミユキ…これからも、俺と一緒にいてくれる?」気づけば、口にしていた。
彼女は驚いた顔をしてから、微笑んでうなずいた。「うん、一緒に飛べなくても、ここで一緒に歩いていこう。」
二人の手をしっかりと握り、夜景の広がる街を見つめた。飛べなくてもいい、二人で同じ道を進んでいくなら、それがきっと幸せなんだと気づかされた夜だった。
11/12/2024, 6:55:05 AM