一年前、姉が死んだ。自殺だった。
とても美しい姉だった。美貌だけでなく、切れる頭も運動神経の良さも兼ね備えていた。スタイルも良くて、どんな衣装もメイクも映える人だった。人を圧倒する絵も描けるし、巧みな文章も書ける。歌うことも踊ることも出来るから、アイドルになれるだろうと親戚は囃し立てた。もう充分手の届かないところにいる人だったのに、とても優しい人だった。出来損ないの妹を気にかけ、悩みを持つ友人に寄り添い、両親の愚痴もいつも聞いていた。
ああ、なんて凄い人なんだろう。
姉と言葉をかわすたびに思った。
ああ、わたしはなんて醜いんだろう。
姉の美しい笑顔を見るたびに思った。
姉は神様のような人だった。容姿も優れ、実力もあり、さらに性格だってとてもいい。姉は、両親の誇りであり、友人の誇りでもあり、親戚の誇りでもあり、学校の誇りでもあった。
姉はわたしの恥ずべき汚点であり、やはり女神でもあった。
そんな彼女が自殺した。葬儀にはたくさんの人が参列した。
みんな涙を流して、姉の死を嘆いた。どうして自殺なんて、とたくさんの知らない人が泣いている中、わたしはひとり泣けずにいた。
わたしはあの日、美しい姉の恐ろしい姿を見てしまった。
平日の午前七時。いつもは朝ごはんを食べているその時間になっても、姉は起きてこなかった。母がわたしに目もくれず言った。
「起こしに行って。」
階段を上がり、一番奥にあるのが姉の部屋だった。何度も入ったことがあるけれど、常に綺麗で塵の一つもない。整理整頓が徹底されていて、余裕がないようにも見える姉の部屋を、わたしはどうしても好きになれなかった。
ノブを回し、扉を押した。
そこにあったのは、呼吸を止めた姉の身体だった。
「大変だったね。」
みんなが言う。姉が去って一年が過ぎたのに、みんなわたしの顔を見るたびに姉のことを口にする。
「大丈夫?」
姉が死んで、両親は変わった。父は目を背けるように仕事に没頭するようになり、母は自傷行為に手を出すようになった。
幸せだったはずの家族が、一瞬にして目を向けられないような姿になったことは、いろんなところに広まっていった。わたしは、姉の影響力の凄まじさに呑気に驚いていた。
どこまで、なにが広まったのか。わたしはすべてを計り知れていない。
だから、時折こんなことを聞く人に出会う。
「家族の死体を見て、きみはどう思った?」
ニヤニヤと笑うその人の瞳にナイフを刺し込みたくなる。よくそんなことが聞けるな、と思いながらわたしは答える。
「もう覚えていないです。あの頃の記憶はもうあやふやで。」
姉が死んだ。全部変わった。
姉がなにを思っていたのか、もう分からない。聞くことすらできない。そもそも、わたし達は姉を崇めてばかりで、姉の心に寄り添おうとしたことはなかった。
時折悪夢を見て目が覚める。そういう時は必ず、死んだ姉の冷たさを思い出す。
6/16/2023, 1:02:51 PM