カーテン側に顔を埋めるようにして佇むテーブルヤシ。電気を点ける気力がなく、レモンサワーをテーブルの上に置いたままソファーで力尽きた私。幸い今日は休日だ。からだを思う存分だらけさせる。
ふと、ヤシが静かに揺れたように感じる。
ヤシは昨日帰りに買った、偶然。思い返してみれば、不思議なものだった昨日。
商店街を行く人の影も東に大きく背伸びをしていた。久々の定時帰りに、ケーキ屋さんで、今日のオリジナルケーキを買って帰るのが小さな楽しみ。
ケーキ屋さんでお手伝いをしているくーちゃんは、小さい頃からの顔なじみだ。今では滅多に会わないが、繁忙期前は帰りに顔を見に行ったものだ。
話しがてらケーキを買う。そんなひとときが何よりの癒やしだった。
久し振り、くーちゃん!
麻智さん!え、すごいお久しぶりですね!
そうなのよ~、もう仕事が立て込んじゃって全然帰れなくて。でも、今日は久々に早めに帰れたからくーちゃんに会いにきたよ!それと、、
今日のおすすめは、このコーヒー風モンブランです!心か落ち着きますよ!今の麻智さんにピッタリじゃないですか?
そうかな、そんなに顔に出てる?
まあ、そうですね。でも、これを食べて元気注入してくださいね!
そうね、そうさせてもらうね。
あ!そういえば、この近くに新しくお花屋さんができたらしいですよ!
お花屋さん?
そうです、なんでもちょっと変わったお花屋さんらしくて。
商店街から少し離れた住宅街にあった。店主は若く、20代後半の好青年に見える。こじんまりとした外見とは裏腹に、店内には様々な草花があちこちから顔を出す。たくさんの花々があるにも関わらず、その香りは喧嘩せずに共存している。
なにかお探しですか?
いえ、ただ気になっただけで。
そうですか、是非店内見ていってください。
そう言って、いつの間にか現れたと思ったその優しい声の主は、溶け込むように草花の中に消えていった。
観葉植物や、一般的な苗木まで、幅広く扱っているようにも見える。
ひと回りしてふとあることに気がついた、その半分が見知ったことのない草花だった。
ところどころ水が引かれており、緑と水とカラフルな光景が見ていて癒やされる。
お客様はそちらの子がよろしいようですね。
そう言って、いつの間にか現れた店主。
見るとわたしの目の前には小ぶりなヤシが置かれていた。たしかにかわいらしい見た目で好みだが。
わたし別に、そういうわけでは、、、
店主の青年は何も言わずただ微笑むだけだった。わたしもつい黙ってしまった。すると、彼は徐ろにその鉢を取り、しばらく見つめると店の奥に引っ込んでいった、戻ってくるとその手には、程よくセットされたヤシが据えられ、ビニール袋の中に収まっていた。
あの~これは?
わたくしからお客様へのささやかなプレゼントです。
店主はにこやかにそう言うと、またどこかに消え去ろうとした。
あ、あの!
とっさにわたしはそう口を開いていた。
どうかなさいましたか?
店主はにこやかにそう言った。
その、わたし、これ別に、、、
わたしの言葉のつまりに感じて、こう話し始めた。
植物は、人の心をうつしとります。憂鬱な空気では植物は弱ります、反対に気分が晴れやかだと生き生きとして、葉や茎もハリツヤやしなやかさが感じられます。
あなたにこれを来店記念にプレゼントいたします。そしてしばらくこの子を生活の彩りとして隅に添えてみてください。次に会う日をお待ちしております。
そう言うとスーッと草花の間に消えていった。
呆気にとられてしまった。軽く夢見心地なまま足取りは変わらず家路についていた。
あの店員さん、不思議な人だったな~
ふと思い出す。植物は心の鏡。ふとヤシをみると少し頭をもたれている。
カーテン開けるか
間から差し込む日の光が徐々に大きくなっていく。
はぁ~、朝かー
そう言いながら、ぐっと背伸びをする。胸が広がり朝の空気が肺を満たしていく。
なんか久しぶりにスッキリしたかも。
酔のさめていく感覚を側に。
気持ちも晴れ、心もこころなしか軽くなっている。
あめのみ
8/29/2023, 2:50:25 PM