見知らぬ街
「早めに友達は作っておいたほうがいいですよ」
先生はそう薄笑いで言っている
「毎年、1人になって困ってる子をよく見るので」
先生は危惧していたらしい
大学という場において、そしてクラス制のこの大学では、仲間がいないと落ちていくシステムになっていることを心配してくれての言葉だった
先生はその言葉を違和感を感じながら言っているように僕には見えたし、聞こえた
だからなのかもしれないが、その言葉を僕は不思議と胸に留めていた
そして心でがんばろうと決心した
オリエンテーション、入学式を通してすでにもう友達を作っていたり、すでにSNSなどで知り合ったりしていたのだろうかみんな友達ができている中、友達がまだできていなかった僕は授業初日の前日の夜がんばってメモをしていた
最初は天候の話をしようかなど、僕の好きなアニメの話をしようかなど、スマホのメモ機能を使ってたくさんの会話チャートを作った
そしてそれを何度も頭でイメージトレーニングして眠りについた
大学生活1日目
朝の通学の電車は、説明会、試験、オリエンテーション、入学式などでもう何度も通ってることで慣れたものだった
スマホで調べなくても乗り換えのタイミングを熟知していた
だから僕は昨日の晩に作った会話チャートを頭の中で何度もイメージトレーニングしていた
そして最寄り駅に着いて、電車から降りる
同じ大学に向かうたくさんの学生の波の中を逆らわずに歩いた
今日は2時間目と昼休憩を挟んで3時間目の2時間だけだった
それだけあれば充分友達はできるから大丈夫
絶対に友達を作ると決心しながら僕は他の学生たちと大学までの道のりを一緒になって、そして教室に入った
最初の授業は数学の起源についての授業内容
教授がまだ来ていない教室に入り、誰も座っていなかった席に座った
そして隣に座った人に絶対話しかけようと考えて、スマホをいじっているフリをして待った
僕は運が良かった
「ここ座っていい?」
そう声をかけながら隣に座ってくれた人がいた
「はい!大丈夫です」
愛嬌のいい返事ができただろうかと不安に思いながらもそう声を出せた
しかし、イメージトレーニング通りにはなかなかいかず、その後第一声を放つのをためらって、沈黙の時間が続く
僕は「どこの高校?」という質問から始めようと思った
そしてそれを言葉にしていいかを頭の中で何度も反芻した
「あっちに友達いたから、ごめん」
そう言って隣に座ってくれた学生はすぐにどこかに行ってしまった
僕は判断が遅かったようだ
その後違う学生が黙って隣に座ったが、僕は怖くなってこの時間は友達作りを一旦諦めることにした
昼ご飯を次の授業を受ける教室で食べようと思った
しかしそれは叶わず、次のプログラミングの授業で使うPC室はまだ開放されていなかった
食堂に行くことは考えなかった
人が大勢いる場所は怖い、それに同じクラスの子から「あの子また一人でご飯食べてる」と言われるのが怖かった
今でも覚えている、オリエンテーションのとき教室でボッチ飯をしている僕の横で女子のグループが「あの子いつも1人でいる」と噂しているのが聞こえてしまった
僕のことを言っているのかは分からないが、少なくともその近くに僕以外にボッチ飯をしている学生はいなかった
その時の恐怖が蘇り、僕は行く場所を失い、人気の少ないトイレの個室に入った
便所飯だけは避けたいという無駄な抗いで、ご飯は食べずに1時間近くその個室で過ごした
気持ちを切り替えて、トイレの個室から僕は出てPC室へと入った
恐怖を払拭する時間がかかったのと、早く行き過ぎて教室の前で待つ学生たちと出くわすのが怖くて、授業開始直前にPC室に入った
すでにたくさんの生徒がいた
どこに座っていいかわからず、自然と集団とは少し離れた後ろの席に座った
声を掛けるには難しい位置だった
だから今日は諦めて明日からがんばろうと思った
明日も明後日も大学生活は続くから大丈夫
そして授業が始まって先生が「みんな前の方の席につめてほしい」と言ったので僕も含めて、後ろの方にいた学生たちが前方につめた
これはチャンスだった、話しかけられる射程圏内へと自然に近づけた
授業がなかなか難しい内容でパソコンとにらめっこをしていた僕は授業後半、我に返って友達を作ることを実行しようと思った
僕は「これってどうやるの?」と分からないふりをして向かいのパソコンの学生に声をかけようとした
ちなみに隣は女性だったので、それはあまりにハードルが高いのと、声をかけたところで友達まで発展しないと思った
あとはボッチ飯のトラウマから女性への恐怖心があったので話しかけにくかった
よしっ!僕は向かいの男子学生に声をかけようとした
「これってどうやるの?」
しかし、反応がない
あれ?何かがおかしい、えっ、、、僕は恐怖で声が出なくなっていた
大学生活2日目
僕は昨日の恐怖を未だに抱えながら、いつもの慣れた電車の中にいた
そして最寄り駅に着いて、電車から降りる同じ大学に向かうたくさんの学生たちと違い、僕はホームのベンチに座り込んだ
僕は新たな大学生活のために買った新品のリュックを背負ったままベンチに座り俯いていた
その間に何度か駅に電車が止まっては学生たちの波が来てを繰り返していた
それを横目に見ながら気づけば、電車に乗っていた
僕は学生たちの波に逆らっていた
僕の大学生活は1日しかもたなかった
僕は見知らぬ街を何の目的もなく歩いた
8/25/2025, 6:25:56 AM