変色する空と降り止まない瓦礫、阿鼻叫喚という表現がこれ以上似合う日はもうきっと来ないだろう。
全ての生物の日常が瞬く間に崩れ、足掻きが無に帰す世界をただ呆然と見つめていた。危険ひとつ振りかからないおかしな瓦礫の塔で、隣に座る君は穏やかな顔をして絶望を眺める。
どうして、とうわ言のように呟けば、君は
「きみが『世界なんて終わってもいい』って言ったから」
とこちらを向いて微笑んだ。褒めて、と頭を差しだす犬のように。自分には触れることも、手を伸ばすことも出来なかった。
君の意思ひとつで、予告もなく文明は、世界はその幕を悲劇的に閉じる。現実をこの目に映してなお、それはまるで信じることも馬鹿げたフィクションに思えた。そう思いたかった。
「初恋だったんだよ、きみが」
伝説の木の下でも、文面でもデートの最中でもない。考えうる限り最もドラマチックで、最も異常な告白。
ただの恋する乙女のように頬を染め、照れ隠しでいじらしくとっておきの景色へと視線を背ける。周囲は今までにないほどうるさかったはずなのに、傍にいる君の声だけがすっと耳に入ってきた。
ひとがたをした、可愛くて残酷なひとでなし。
「きみのためなら何だってできるって、知ってもらいたかったんだ」
常識から外れた善意と好意は、たった一部を除いた地獄を生み出すのだと知った。自分たちの周囲だけが時間の流れを無視しているかのようだった。
君の正体も知らず、ほんの些細なことで世界を呪った過去の自分が愚かだったと思わざるを得ない。徐々に静寂と荒廃をもたらしていく砂嵐が、全ての後悔さえも掻き乱してなくしてくれたなら。視界を覆う水の揺らめきが、どこかで上がる炎の色を拒んでぼやかした。
それとも、自分が本当に世界を嫌いであれたなら。こちらの涙を困惑したように拭う君を、喜びと感謝を込めて抱きしめてあげられただろうか。
悪意など微塵もない無知な君を責める気さえ今は到底浮かばなかった。見るも無惨、何もかも終わりだった。
「ねぇ、これが終わったら何をしようか。何でもしていいんだよ、自由なんだよ。何でも叶えてあげられるんだよ、だから、」
日常も、世界も、君の初恋も。
自分たちが、無数にあった選択肢のどれかを誤ったせいで。
「笑ってよ……」
この終幕にはカーテンコールも拍手喝采もない。もしも再公演があったのなら、結末は変えられるのだろうか。もっと幸せで望ましい世界の終わりを迎えられるだろうか。
あわれな君へ罪悪感と慰めの歪な微笑みを。脆い瓦礫の塔は太陽の光に焼かれて呆気なく崩れた。
【世界の終わりに君と】
6/7/2023, 11:35:20 AM