毎日通る公園のベンチで時々見掛ける人だった。
天気の良い日にそこに腰掛けてじっと本を読む姿は、穏やかで、静かで、その場によく馴染んでいて、まるで一つの絵画のようだった。
通り過ぎながら時折目が合えば会釈をする程度で、お互い名前も素性も知らない。優雅な老後を送っている資産家のご婦人なのだろうと勝手に思っている。
今はあくせく働いている私もいつかはあんな時間を送れるようになりたいと、見掛けるたびにそんな事を思っていた。
有給を消化しろと言われて時間を持て余し、ふと思いついたのがあのベンチだった。
正午近く。
コンビニで買ったパンとコーヒーを片手に公園への道に入る。
いつもと数時間違うだけで景色はこんなに変わるのだと気付く。
子供連れのお母さんの姿が多い。あとはスーツ姿でスマホ片手に詰め込むようにおにぎりを食べるサラリーマン。朝は静かな公園が思った以上に賑やかで、少し気圧される。
あのベンチにあの人はいないかもしれない。
そんな事を思いながら近づくと、空気が一変した。
「·····」
降り注ぐ淡く揺れる光。
葉擦れの音だけが微かに響く。
ピンと背を伸ばし、本を読む姿。
朝からずっとここにいるのだろう、絵画のように変わらない姿。
光は求める人を正しく照らす。
ふだんは無神論者で通す私だけれど、木漏れ日の下で本を読む彼女の姿に、そんな事を思った。
END
「木漏れ日」
5/8/2025, 1:29:24 AM