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 ふと思い出すことは、あの子がいかにぼくにとって不健康だったかということだった。
 日が落ちてしまうまえに、ぼくはいつだってあの子のことを考える。坂道で転げたあの子の笑い声、ビル風に揺れるあの子の髪にふれたこと、そもそもあの子はどんな顔だったっけ。そうやってこの365日のうち8割くらいを費やすから、ぼくはまえにもまして、ぼやっとしたつまらないやつになってしまった。どれもこれも、あの子のせいだ。

 夕暮れのバス停でまたあの子のことを思うと、ぼくは衝動的にどこかへ行ってしまいたくなる。まるであの子を追いかけているみたいだけれど、あの子はそんな人じゃない。誰にも知られずに勝手にいなくなるような、意地悪な人なんかじゃない。そういう意地悪なあの子の幻影を追ってぼくもいなくなるくらいなら、ひとりで死んでいったほうがましだ。そんな憂鬱な考えが頭に渦巻いてやまないほどには、バスが来るのが遅すぎるとぼくは思っている。
 もしかしたら理由はそれだけじゃないのかもしれない。今日はひどく曇っていて、ぼくの気持ちすら曇らせているだけなんじゃないか。ううん、きっとそうだ。
 でも、それならどうしてあの子はいなくなったんだろう。どうして?あの日が笑ってしまうくらい晴れていたから?あの子が秋を好いていて、なんだか楽しくなってしまって、どこかピクニックにでも出掛けたくなったから?
 あの日が10月でなくて、そのうえ雨かなにかだったら、あの子はいまもここにいた?

 ぼくは秋晴れが嫌いだ。あの子を連れ去ったあげく、ぼくの思い出の中のあの子すら汚していくんだ。

10/19/2024, 5:58:44 AM