「真夏の記憶」
一人暮らしをするようになるとフルーツを買うことがなくなる。
それすなわちどういうことかというと、分かりやすい食の季節がなくなるということ。
野菜や魚など食べ物には旬と言われるものがあるけれどたくさんの種類の野菜や魚、それこそほうれん草と小松菜の区別がつかない私に旬を覚えろなんて無理な話。
だからスイカが並び始めたら夏。ぶどうが並び始めたら秋、みかんなら冬というように果物で四季を感じていたのだ。
つまり目の前に並んでいる真っ赤な果肉、スイカを見て私は1人夏の思い出に耽っているのだ。
何年前の思い出だろうか。
まだ日向にいてもそこまで暑くなかったころで、時折涼しい風が風鈴を鳴らして入ってきていた。
永遠に終わらない学校の宿題をぐでぐでと寝転がりながら解いている。
人見知りで少し体が弱かった私は友達と出かけることもなく、空気がきれいな田舎の祖母の家に預けられていた。
というのも両親は仕事で忙しく私の面倒を見れなかったのだ。
都会の子供が田舎に遊びにきてもやることがない。川も森も体が弱い私にとっては危険なものでしかない。
まずそもそも友達がいない。
つまらない。退屈だ。
寝ては食べて寝てはテレビを見て食べては寝て。
祖母もそれほど喋るタイプではなく会話は最低限しかなかった。
退屈でどこか寂しい夏。
「スイカ食べるか?」
ある日、いつものように縁側で寝そべって風鈴の揺れを見ていたときだった。
「スイカ?食べる」
縁側に座って祖母がまんまるなスイカに包丁を入れる。
お互い無言のまま風鈴がちりんちりんと鳴り響く。
赤くみずみずしい果肉が開かれ甘く青臭い匂いが漂った。
「こりゃタネが多いな。飲み込んじゃいかん」
ぼそっと祖母が独り言のように呟いた。
私に言ってくれているのだろうが、返事をするべきか迷って無視をした。
食べやすいように皮から剥がすように一口サイズに切ってくれた。
指でつまみ、つぶさないようにそっと口に運ぶ。
シャクっと甘い水が口の中で弾ける。次の瞬間には冷たい液体が喉元を流れていく。
祖母は皮付きのまま豪快に食べていた。
種もお構いなしなようでジュルジュルと良い音を立ててかぶりついてる。
私はそっちの方が美味しそうに見えて祖母と同じように切ってもらうようせがんだ。
「ありゃ食べれるかいね」
夏休みしかやってこない孫、都会に住んでいる孫。
祖母は祖母なりに気を遣ってくれていた。今なら痛い程わかる。
私は祖母と同じようにスイカにかぶりついた。
口に入りきらない水が顎を伝い、腕を伝い、びしょびしょになってしまった。それでもなんだか大人になれたようで心が満たされていくのが分かった。
祖母の見真似で種をぷっと飛ばした。
お互い一言も喋らず、だけどどちらが遠くに飛ばせるかこっそり勝負していた。
ただ風鈴だけがちりんちりんと盛り上げてくれていた。
冒頭に言った通り一人暮らしになると果物は買わなくなる。理由はシンプル値段が高いから。
けれど私は夏なると必ずスイカを買う。
理由はシンプル夏の思い出だから。
8/13/2025, 1:00:11 PM