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夏草

 
炎天下の中、虫取り網を持って空き地へと出かけた僕は、生い茂った夏草の中に何か蠢いているものを発見しました。
近づいてよく見てみると、それはツワモノでした。こんな暑さだというのに、黒光りした甲冑を着込んでいます。
逞しい体つきで、いかにも強そうなツワモノです。ツワモノは必死に夏草をかき分けて動いていました。何かを探しているようにも見えました。

僕は虫取り網でツワモノを捕まえて、家に連れて帰りました。
ちょうど夏休みで遊びに来ていた従兄弟が歴史好きだったので聞いてみました。
「これ、夏草の中で捕まえたツワモノ」
「おおーすごいじゃん!」と従兄弟は目を輝かせました。やっぱ甲冑はかっけえなあ……と。
従兄弟が一番好きなのは幕末のサカモトリョーマで、ツワモノはあまり得意分野じゃないらしいのですが、それでも調べてくれました。

従兄弟が言うには、夏草の中で動き回るツワモノは、自分のお墓を探しているらしいのです。
こうしたツワモノは夏の間だけに現れて、夏が終わる頃にはいなくなってしまうんだとか。まさに「夢の跡」というやつです。

僕はせめて、夏の間だけは一生懸命ツワモノのお世話をすることにしました。
小さな石を置いてお墓を作ってあげると、ツワモノはとても喜んでいるようでした。

先日、僕の育てていたツワモノが消えました。
消える前、ツワモノは僕に言いました。
「殿…!この墓標、生涯の恩義にござる。どうか、某がそなたを殿と呼び、忠義を尽くすことをお許しいただきたく候。某、この身が滅びるとも、魂となりて、殿の御身を必ずや最期まで守護せんことをお誓い申し上げる!」
それきりツワモノの姿は見えなくなりました。
でも僕は、あの日からなんとなく独りじゃないような気がしています。
空き地では夏草がまだまだ生い茂り、背丈を伸ばしています。


【夏草や兵どもが夢の跡  松尾芭蕉】


8/28/2025, 3:35:13 PM