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『距離』

この屋敷を出ていくのは、簡単なことではない。
冬の間道は塞がれ、春になるまで深い雪の中に閉じ込められるのだ。

味のしない朝食を口に運びながら考える。

正面に座った相手が話しかけていることに気づいて、スープ皿から視線を上げた。

「なんだ?」
声に硬さを加えて答えたが、思惑通りにはいかなかった。
「私、なにかした?」
「なにか、とは?」
「変よ、距離を感じる。まさか、私から離れたいないて思っているんじゃないでしょうね?」
「まさか」

心にもない確信を込めて小さく微笑むと、途端に相手の警戒心が緩むのを感じた。

「疲れているだけだ。少し休もうと思う」
「わかった。ひとりにしてあげる」

部屋に戻り、音を立てずに鍵をかけて、ほっと息をつく。

早くここから離れなければ。

ある日突然やってきて、抵抗する間もなく私の妻を手にかけた女。
奪われたのだ。ここにあった幸せを。大事な人を。

あの女が肌身離さず持っている銃を奪うことは難しい。
隙をついて逃げることしかできないが、それも成功するか不安がある。

それでも、離れなければ。
あの女の手が届かぬ場所へ。

12/2/2024, 4:53:23 AM