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「なんの本読んでるんですか?」

まだ肌寒い夜、バスを待っていると隣から声を掛けられた。

そちらに目をやると、
5分後には忘れていそうな顔。また声を掛けられても分からないだろうな。

このバス停で待っているということは同じ大学だろうか。

「ハイデガー」

咄嗟にタイトルが思い出せなかった。

「あ〜…有名な哲学者ですよね。『存在と時間』ですか?」

まさにその本だった。

「そうそれ。知ってるんだ。」

「タイトルだけですけど」

はにかむようなその笑みに肩の力が抜ける。

ちょうどバスが近づく音が聞こえてきた。

「あのバス?」

「いえ、僕は次のバスです」

「そう、じゃあまた。」

会釈を交わしながらバスに乗り込む。

席に座り、本を開く。
この本の重さが増した気がした。

(テーマ:生きる意味)

4/28/2024, 8:40:35 AM