Werewolf

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【平穏な日常】裏の裏の路地裏事情

「よいっしょお!」
 ぶおん、といい音を立てたバッドがメシャッという音も生み出す。殴られた男は倒れ込んだが、もう二度と起き上がることはないだろう。金属バッドの、本来は空洞である内部に鉛を詰めてある。
「アッアッ、アニキ〜!」
「おまっ……ボスが黙っとらんぞ!」
 それなりの身なり、といってもスカジャンにパラシュートパンツ、どっちも量販店で買えるようなもの。それでもこの辺では上等なのだからすごい話だ。
「知らないよ、俺は害虫駆除を頼まれただけ」
 よくある話だ。裏手の街のその奥の、狭い路地と路地がつながったような小汚い場所。行政も自治体もアンタッチャブルな社会。インフラ泥棒の巣窟は、今日もこんなもんだ。
「こ、こんくそが!」
 殴りかかってくる男の拳を半身引いて避ける。踏み込みながら下から掬い上げるスイング。ゴロリと変な音がしたのは、顎が砕けたのだろう。もう一人はナイフを持って真っ直ぐに突っ込んでくる。刃渡りの短い刃物であれば正解の動きだ。しかし単調すぎる。バッドが地面に落ちようとする重力に任せて、浮き上がる足で手元を一蹴。ナイフはびゅーんと高く飛んで、遠くのゴミの中に落下した。
「とにかくさぁ、邪魔なんだよね、商売の。別に殺せとは言われてないし、引いてくれれば見逃すよ」
 バットの手入れも大変なのだ。面倒になってそういうと、残った一人は「ひぃ」と悲鳴を上げて背を向けた。本当に追う気も殺す気もない。ボスが黙ってないと言っていたが、自分の記憶が正しければ、あそこのボスはいくら裏の町でも一般市民程度の人間に手を挙げることはしないはず。むしろ、そんなことになった部下の方を吊し上げるのではなかったか。
 どうでもいいか、と思いながらバットを引きずり、一本表の路地に出る。
「オカミ〜、終わったよ」
「早かったね、殺したのかい」
「んー、代金払え、女の子に無理やり本番すんなって警告した途端に掴みかかってきたのと、そいつ殺されて逆上したのの二人」
 女将は晴れた頬に氷を押し当てながら、フン、と鼻を鳴らした。
「一人は逃げたのか、まぁまぁ賢いじゃないか。次は慰謝料を払わせないとねえ」
 そこはいわゆるキャバクラなのだが、一部セクキャバのような業態も扱っている。その中で、先ほどの三人によって嬢が乱暴を働かれたのだ。助けを求めた嬢の口を塞ぎ、散々にした後で発覚した。女将や他の店員が詰め寄ったが、殴る蹴るの上代金まで踏み倒す。そこまできて、用心棒に連絡が来た。
 フリーの用心棒といえば、この辺では彼しかいない。金属バットを振り回し、相手が誰でもクライアントの依頼なら立ち向かう。おかげでトラブルも絶えないが、それほど頼りにされている。
「ほら、急に悪かったね」
「いーよー、暇してたもん」
 札の入った封筒を受け取ると、女将は「程度が悪いんだけどね、二体引取りと清掃たのむよ」とどこかに電話をかけていた。ここらでは死体も飯の種だ。さっき金のかかった害虫は、今は誰かの飯になる。
 きっと自分もそんな感じで、いつかどっかに引っ張られるんだろうなぁと、バットに付いた血を眺めた。

3/12/2026, 3:37:17 AM