白井墓守

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『凍える指先』

吐息が白い。
凍える指先が、君に触れることなく氷となって崩れ落ちた。

凍氷病、という奇病が全国に広がっている。
文字通り、生き物の体が氷のように凍ってしまう奇病だ。

どこから発生したのか分からない凍氷病は、とある冬の日を境にまたたく間に日本中へと蔓延した。
……もはや日本は氷像だけが立ち並ぶ廃都と化した。

そんな中で、君と僕だけが無事だった……だった、のだ。

「ばあちゃんが健康に良いから絶対に毎日食べろ、そういったキムチが凍氷病予防に繋がるなんてねぇ。まだ、凍氷病の解決手段は見つかってないけど、キムチがあるうちに探さなきゃだねぇ……作りためしてたばあちゃんのキムチだって、ずっと有るわけじゃないし」
「……そうだね」

「なぁに? 湿気た顔して。このペースなら、あと半年は持つね!って話したじゃーん? 大丈夫、大丈夫! なんとかなるって!」
「……うん」

君はいつも楽観的で、逆に僕は悲観的だった。

昔の事だ。
僕らは小学校の遠足で崖の上から落ちた事がある。落ちた理由は避けようがない自然災害だったので省くが、僕は滅茶苦茶パニックになった。
あぁ、もうここで死んでしまうんだ。そう途方に暮れた僕に、彼女は言ったのだ。
五体満足で生きてるなんてラッキー! さぁ、早くみんなの所に戻ろうよ!! まだまだ日が暮れるには時間があるよ!

僕らは真反対だ。
常に悪い想像をしてしまう僕と、希望を胸に抱いて諦めない君。
……だから、僕はこの判断を間違ったものだとは、思わなかった。

僕は初めて、諦めなかった。
そう、僕は君を、信じたのだ。

だから、そんなに泣かないで欲しい。

「なんで!! ねぇ! なんで!!?」

僕の身体が、右腕がバラバラの氷片となって散らばっている。
先程、降ってきた障害物を避けようと君を押し出したときに、既に氷となってしまった右腕にヒビが入って無理に動かしたから砕けちってしまったのだ。

「キムチ! 食べなかったの!? 食べたって言ってたじゃん!!」

とても声が出しにくい。
あぁ、もう声帯まで凍りかけているのか。
右目の瞼が閉じられない。
あぁ、最後に見るのは、君の笑顔が良かったのに。上手くいかないなぁ……。

「僕は諦めたんじゃない。君に託したんだよ」
「待って! 何を言って……っ!!」
「凍氷病の治療法……もう見つけてたよね? 知ってるよ。でも、半年じゃ足りなかった。君は二人で助かりたかった。諦めなかった。半年で助かる方法を見つけようとしてた……だから、だからだよ」
「そんな! 嫌! 嫌だよ!! ひとりぼっちは嫌だよ!!」
「大丈夫だよ。また会える。君なら出来る。治療法を完成させられる。言っただろ? 僕は諦めたんじゃない、君に託したんだって」

あぁ、もう両眼の瞼が閉じられない。
声が……声を出そうとする度に、パキリパキリと嫌な音が響く。

「しん、じて……る」

それだけ言うと僕の意識は真っ白になった。
完全に凍りついたのだ。

怖くはなかった。
だって、僕は信じていたから。

ほら、今にだって……。

「やぁ、おはよう」
「バカ、本当にバカ」
「君なら大丈夫って信じてたよ」

ぼたぼたと大粒の涙を真珠のように零しながら、泣き笑いした君の笑顔を僕は見た。


おわり

12/10/2025, 8:18:41 AM