タイミング 合わせて飛び込む 水の面
その日は、もう夏が終わる間際だというのに、空は真夏のように晴れ渡って、あちらこちらで蝉が鳴いていた。
あの日、僕たちは、プールサイドにいた。
学校のプールに忍び込んで、未だに灼熱の中、ミンミンと喚き続ける蝉の叫びを聞いていた。
プールには水が張られていて、迷い込んだアメンボが、小さな水面に波紋を揺らしていた。
それでも、消毒だけは夏休み中もされていたようで、プール特有のカルキ臭が、ぷん、と漂っていた。
あの日、僕たちはプールサイドにいた。
僕たちの街が、大火事で一夜にして全て焼けてしまうその日、その夜、僕たちは、僕たちだけが、プールサイドにいた。
大火のことを知ったのは、偶然だった。
たまたま、タイミングよく、夏休みに行くあてもなく、クーラーの効いた公共施設をハシゴしていた僕たちは、タイミングよく、この事件に巻き込まれ、今年この街が焼き落ちるということを知った、大人たちを見かけた。
それだけだった。
ここが焼け落ちるのは、はるか昔、世界ができた頃から決まっていたらしい。
僕たちはまだ何も知らない子どもで、そして、彼らたちは、僕や周りの大人よりもずっと、世界の仕組みを知っていた。
この世界には、どうにもならないことがたくさんあるのだ。
この街が焼け落ちるのは、災害のようなものなのだ。
避けようがない、予防しようもない、助かりようもない、自分ではどうしようもない、そんなことが、ある日突然、起こってしまうのだ。
そして、それから身を守る方法は、できるだけ体を縮めて、その大きな災害を、やり過ごすしかないのだ。
まだ、何も知らなくて、なんの対抗手段も持たない僕たちは。
彼らたちのように立ち向かう知識と勇気は、まだ未熟な僕たちにはないのだから。
だから、僕たちは今日、一緒にプールにいる。
飛び込むのだ。
タイミングを合わせて。
彼らたちを信じて。
彼らたちに頼まれたように。
プールの水面は、まだ穏やかない水面を湛えている。
これが鮮やかに光出したら、僕たちはタイミングを合わせて、飛び込むのだ。
彼らたちを助けるために。
僕たちが助かるために。
僕たちはタイミングを見計らう。
蝉の声が止む。
鼓膜を貫くような静寂がプールサイドに満ちる。
それから一拍おいて、プールの水に変化が訪れる。
僕たちはタイミングを合わせる。
合わせて、飛び込む。
踏み出した。
風を切り、それから重い液体に包み込まれる。
耳が置き去りにした音を、遅ればせながら僕たちに送り込む。
くぐもった自分の飛び込み音が、水と共に耳に流れ込んだ。
7/29/2025, 3:16:45 PM