Open App

Original №1 『幸せに』

〖拝啓 かつての友へ....〗

暖かな陽だまりと未だ残る涼やかなそよ風に舞うさくらの雨を他所に、1人静かと自室で文をしたためる子供は真っさらとした紙にペンを走らせる。

宛先はかつての親友と友人たちへ。

桜の花びらと共に流れる風に真っ白な短髪を揺らし、
文字を見る赤色の瞳は慈愛と懐かしさを浮かべている。紺色の作務衣に身を包み、その姿は子供の様だが、実際は何十、何百と生きているのでお酒を呑むことや煙管を吸うことだって出来る。

彼、いや彼女?

永く生きることで曖昧となった身体は性を失いつつあり、どう表記したら貴方たちに伝わるだろうか。

....では、ここでは彼と呼ぼうか。

彼が今、手紙を書いているのは、
毎年、桜の舞うこの時期。
届くことの無い手紙を何百通と書き連ねては
固く蝋で封をして、鍵のついた木箱に丁寧に並べる。
宛先は変わる事のない、かつての友人たちへ。

書くことは毎回同じで、去年起こった事、かぞくの事、相棒の事、こどもたちの事....など。

会うことのない友人たちに手紙を書く彼の心は
俺には分からない。
ただ、ふと思い出してはその思い出を語る彼の目に涙が溢れる姿を見るのはあまり良い想いはしない。


彼とその友人たちは、
遠い遠い昔にとある事情で決別して以来、会うことも無く二度と姿を見せる事はなかった。

俺としては彼に酷いことをしたアイツらが不安定になってしまった彼に近付くことなくて良かったと安堵していたが、彼はそうでもないよう。

苦楽を共にし、守り守られと長い絆と思い出は彼に残り続けている。変えることも忘れることも出来ない記憶は今尚、彼の心の一部を占めている。

『もし、違う道があったならッ....』

今とは違う【幸せ】があったのだろうか。。。



「....エネ、ボーッとしてどうした?」

「...ッ、すまない。お前に、見とれてたなw」

「wなんだそれは(苦笑)
変なことを言っていないで、夕飯の支度をするぞ」

「もう良いのか?」

手紙を書き終えたのか、
筆記用具を端に寄せ、封に蝋を押し、ある程度固まった手紙を木箱の中に仕舞う。

カタッ

「あぁ、書き終えたよ。
長らく待たせてしまったな。すまない」

「いや、どうって事ないさ。」

横になった体を起こし、彼に続いて自室を出る。
向かうは台所。

少し橙色に染まった空の下、庭先に植えられた桜の樹近くで騒ぐ青年たちと竹箒を片手に呆れる男性、その横には爆笑するもう1人の青年とオロオロとした中性的な少年が見え、俺は足を止める。
それにピタッと振り返り、同じように庭先を見る彼。


今となっては変わらない俺たちの日常。

守られた平穏と安寧。

異なる理由・境遇・種族であれ、

心に傷を負ったモノ同士が集まった《箱庭》。


(あの時の俺の選択は、
間違っていなかっただろうか。

この日常は彼を幸せに・・・)

「エネ」

ふと、愛称を呼ばれ思考が止まる。
前を向けばいつの間に近づいたのか、目の前に見慣れた赤色が広がったかと思うと両頬に手を添えて、短く俺の鼻に唇が落とされる。
突然の彼からのスキンシップに驚く俺に彼はそっと柔らかく微笑むと変な顔と笑った。
何処かでわぁわぁと騒がしい声が聞こえるが、
敢えて無視し、間抜けた声で彼の名前を呼ぶ。
彼は微笑みを浮かべたまま言った。

「僕は幸せだよ。」

あぁ、
そんなことを言われると手放せなくなるだろッ....。

「エネが居て、主が居て、皆がいる。
この今が僕はとっても幸せだ。

だから、、、後悔しなくていいんだ。」

本当に俺の選択は、間違っていなかったのか。

「間違いなんてある筈ないじゃないか。
あの時、僕が助けてと願ったんだ。

エネが後悔する必要なんて無い。」

「あのね、
僕が彼らに手紙を書くのは、
たんに寂しいとか、後悔だけじゃないよ。
いつか彼らがこの屋敷に招かれた時、
あの頃のように戻れると思って書いているんだ。」

戻れると思うのか。
お前に酷いことをしたのに。

「うん、許さないよ。許せることなんてない。

あの時の痛みも苦しみもずっと消えることなんて無
かったし、エネが居なかったら僕は消えていた。

でも、いつかその時はやってくる。
その時にあの手紙を見せて僕は幸せだよって見せつ
けてやるんだ。
僕も怒っているんだ。これくらいはしないとね。」

小せぇ、復讐だな

「フフ、そうだね。
僕はまだまだ彼らに甘いみたい。」





「....本当に今は幸せか?」

「幸せだよ。
君に会えたことも、彼らと会えたことも。」

幸せだとひと目で分かるように微笑み、
頬を赤く染める彼の彼らの言い方には友人に向けてでは無い慈愛が含まれている。

あの時から長い月日を共にし、
彼の言う友人たち以上に苦楽を共にした俺たちは
家族でも友人でも、恋人でもない。
それ以下でも以上でもない【相棒】という関係に
身を委ねてもいいだろう。

彼の後ろにしか立つことができなかった
“かつての”友人共へ
俺は今、こいつの傍に立っている。


あぁ、俺も幸せだ。





「 」


チュッ

「っ!?」

「お返しだw」


あいつのふわふわとした頭髪に素早く唇を落とすと
彼は目を見開いて、微かに耳と首元が朱く染まる。
髪も肌も白いとより朱がより際立つ。
その反応に沈んだ心情が暖かく、うきよだったものになるといい気持ちになる。

「エネ!」

今後ろを振り返ればより真っ赤になった彼が見れるだろうが、今は夕飯の支度をしなければならないのでそのまま台所へと向かう。
今日は、彼の好物で機嫌を直してもらおうかw






・━━━ fin ━━━・

3/31/2024, 5:39:14 PM