ひな祭り。かつては雛人形を飾り、女児の健康なるものを祝う祭事だったそうだ。あれから何十年過ぎただろうか。本来のひな祭りの由来である「雛流し」にヒトは着目した。「雛流し」は人形に自分の厄を代わりに移して、川に流すという祭事であった。気づけば、現代の為にその人形たちが造られた。水に溶ける特製プラスチックで環境汚染はほぼゼロ。そして、いつしかその人形にヒトの手をかざして、その手からヒトの厄や想いを川に流す。いつしか、それが現代の「雛祭り」と呼ばれるようになった。
「私、ずっと楽しみだったんだぁ。」
「はぁ?勝手に人間に殺されるようなもんだろが!」
ただ、ヒトはこの人形達が自らの意思を持っていることを知らなかった。
「だって、皆んなの役に立てるもん!」
「厄払いのためにってか?なんだそれ、最悪な駄洒落じゃんかよ。」
「最初は怖かったよ、だって知らない人のために殺されるようなものでしょ?でもね____。」
この人形達は既に川に流される準備が行われていた。
「もうすぐかぁ。もう、サイアク。ヒトなんて、最低な生き物だ!生まれ変わっても絶対ヒトになってやるものか!」
一人の人形は悪態をつく。
「私は生まれ変わったら、ヒトになってみたい。私に手をかざした子は病気の女の子だった。」
「じゃあ、病気が治りますようにってか?」
「ううん。」
もう一人の人形はゆっくりと深呼吸をする。
「『人形さんありがとう』だって。あと、みんなが幸せになりますようにって。あの子、泣いてた。」
「変わったヒトも居るもんだな。アタシなんて、『穢れ飛んでけ!』だったしなぁ。……あ、だからお前顔の一部溶けてるの?」
「うん。あの子に悪い気持ちは感じなかった。私、生まれ変わったら、あんな素敵なヒトになってみたい。」
「はぁ。それは良かったと言うべきか何というか。ん、そろそろ時間だってよ。」
二体の人形は笹で作られた船に乗せられる。幼い少女が何か泣き喚いていたように見えたが、その少女の母はただ流される人形を見届けていた。それは一種の諦めのようにも見えた。
「アタシはもう絶対生まれ変わってやんないから。」
溶けながら笑う。
「そうしたら、私達来世で出逢えないよ?」
人形達の中では、ある噂があった。それは、もし無事に役目を果たしたのならば、幸せな来世を過ごせるというものだ。
「じゃあ、人形以外ならなってやっても良い。」
「ヒトは駄目?」
「んー。ま、考えとくわ。」
静かに泡を立てながら人形達は溶けていく。二人は手を繋いで沈む。これで良いんだと思う。私達はこの為に生まれたのだから。でも、もし生まれ変われるのなら。一緒に居られますようにと、彼女達は願った。
3/3/2023, 3:57:37 PM