七雪*

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 燦々と日の照りつけるコンクリートの上に、水滴がぽたりと落ちて小さな染みを作る。少年は右手の指で掴んだアイスバーの棒を日陰に寄せて、木の椅子の上に座り日に焼けた脚をぶらぶらとばたつかせた。まだ夏ではないらしい。日除けの下から緑と青の景色を臨むと、喧しい蝉の代わりに、粒のような虫の声がか細く空に飽和する。熱に溺れ、溶けかけたアイスバーを勢いよく頬張ると、少年は日陰からコンクリートの道のど真ん中へと飛び出して行った。

 虫たちの音の群れを凌いで、からんと乾いた音が鳴る。錆びた屑籠の中で、無地の木の棒が弧を描くように踊った。


「やあ、少年。今日もイタズラか?」
 少々草臥れた店の前。少年が店の中を覗くと、後ろで黒髪を一つに纏めた少女が顔を出す。少年を揶揄うように、にししと笑う少女の瞳の中には、年相応の茶目っ気が見て取れた。
「ちげーよ。ばーちゃんの手伝いだっての。ほら、いつものミカン。さっさとしろよ」
「まー、随分と口が悪くなったもんだねぇ。お姉ちゃんは悲しいよ」
「三つしか変わんねぇだろ。いい加減その話し方やめろよ」
「もう、可愛くないったらありゃしない。はい、これミカン。おばあちゃんによろしく言っといて。あ、振り回して持って行っちゃダメだからねー」
 少年と軽口を叩きながらも、少女は小慣れた手つきでミカンを袋に詰めていく。袋から取り出したお金をバラバラとトレーの上に乗せた少年の前に、ミカンの入った袋を突きつけて、少女はにこりと笑った。
「んなことするわけねーだろ」
「石を投げて障子を破ったやつがよく言うねぇ」
「……あれはわざとじゃねーし」
 少女の言葉に、少年は少々言い淀みながら言葉を返す。
あれは、言うなれば事故だ。ばーちゃんの家に草履を盗みにやって来たイタズラ猫を追い払うために、思いっきり投げた石。それが、偶然障子を貫いてしまったのである。あの後散々怒られた少年にとって、この出来事は早々に忘れたいものであった。
「ま、早いとこおばあちゃんのとこに帰ってあげな。あと、これはお姉ちゃんからのプレゼント」
 少女は透明な瓶の中から一つ飴を掴み出し、少年の手に握らせた。少年の掌の上でころんと転がるそれは、ビニールの包装に包まれた、檸檬味の飴であった。

 さー帰った帰ったと少女に背を押され、少年は帰途に着いていた。まだ落ちない日の光を全身に浴びて、少年は歩を進める。むんむんと身体に纏わりつく熱気は、左手にかかったミカンの重みも加わって、夏をより気怠いものへと昇華させていた。アイスバーの冷たさが恋しくなって、少年は右ポケットへと手を突っ込む。取り出したのは、先程貰った飴。ミカンの入った袋を抱え直すと、少年は器用に包装を剥いて水分を欲する口内に、黄色の飴を放り込んだ。

 甘い檸檬の味が、初夏の空に広がった。

6/1/2023, 9:21:07 AM