木枯らし(編集済)
サムシング
「寒い」
一月も中旬、去年のクリスマスをしのぐ程の寒波が頬に刺さる。耳当て、ニット帽、藍色のマフラー、内着に貼るカイロ、あったかいベスト的なの、分厚いコート、股引き、ズボン、二重のモコモコ靴下。ありとあらゆる防寒具を装着しても顔周辺は無防備な訳で、数日前に見かけたネックウォーマーを購入しておかなかった自分を恨んだ。
少しは身だしなみに気を付けなさい、母の言葉が鈍い思考回路に割り込んできて「そらみたこと」と続けて笑う。寒がまし体調を壊しては大変だからって毎日服装チェックが入るのもうっとおしい、家に居れば最近会社はどうなのとか良い人出来たとか干渉が激しい環境から少しでも離れたくて、寒空の下夜食を求めて歩いている。
幸いかなり遅くまで営業している店は多く、目当ての店にも見当は付けていた。
正流軒
読みはとある格ゲーのワザに出て来るそれで、拳で語り合ったりはしない、普通の古き良きラーメン店だ。
オススメは鶏皮が沢山入った鶏ガラの醤油ラーメン、えーと何だっけ。まぁ行けばわかる、とにかく美味い。
古い民家の平屋で夫婦二人で店を営むお店。俺が生まれるずっと前から存在する、老舗ながらも万人を受け入れるただ住まいがそこにはあった。
「しゃっせー」
少したてつきの悪い引き戸を開けた先、若い金髪な男が気だるげに声を上げる。店内にいる客は一人もいない、促されるまま近くの席に誘導され張り出されたメニュー表を探す。
「ご注文は」
「あれの大盛りを一つ下さい」
「はーい、%&%一丁大盛り入りましたぁ」
息付く間もなく聞かれる固定文、反射的にメニュー表を指差し答えるも早口すぎて聞き取れない復唱。厨房からはいよと聞こえた後いつの間にか目の前にお冷が置かれていた。
夜遅くに来るのは大体常連で注文は決まっていて、数えきれない客の内の一人だと認識されているのかもしれない、ただあんまりだなとは思う。この時間帯に来た事がなくあの男性を見たのはこれで初めてだ、頼むものが決まっていたからどもらずに頼めたが、初見じゃ戸惑うだろうな。
俺の気持ちなど知りませんと、当の本人は客席の袖から備え付けのテレビを心底つまらなそうに眺めていた。
それから三人の客が来た、一組目は老夫婦でアレよを連呼するおばあさんと、その意図を汲み取り的確な注文をするおじいさん。来店頻度の高い常連なのか金髪の男の対応が少し柔らかく感じる。ラーメンの他に餃子とモツ煮と炒飯、食べ切れるのか不安になるが、口ぶりからして大半はおじいさんが食べるらしい、元気でなにより。
そして後からもう一人、おっちゃんだ。金髪男はめんどくさそうな表情を浮かべ、「あ〜好きなところへどうぞ」と、ぶっきらぼうに言い放ち不快感を隠そうともしない。
よりにもよっておっちゃんは目の前に座って来たわけで、
まぁ臭い、酒の匂いだ。〆のラーメン的な常連なのかもしれない、どうでもいいが。
やっと注文したラーメンが届いた、見た目は醤油ラーメン、そこに鶏皮が添えてあり鶏の出汁が効いたあっさり風味なスープに、絡みつく麺、鶏皮は当然の如く美味しい身も心も温まる素晴らしい一品だ、思わず飲み干してしまいそうになるが、夜なのでグッと我慢。
途中金髪男が厨房に向かって「お先失礼しまーす」と一声掛け店内の奥へ消えゆく姿が見えた。そう言えば確かに閉店まで一時間、客も少ないし問題ないだろうな。
「あんちゃんよく食うなぁ、ほれオレのも食え食え」
「は、はぁ」
「もっと食え食え。ハハハッ」
俺が完食するのを見計らった様に自分の餃子を皿ごとこちらへ持ってくるおっちゃん、しかも手つかずの五個入り。だいぶ酒が入っていて断っても面倒だ、仕方なく受け取ってしまった。
「学生かおまえさん、オレが学生の頃はな〜」
案の定絡み酒へ移行、正直身も心も温まったのだからはやく帰らせてほしいがこの餃子を食べ切らねば勿体無いし、指摘されて余計帰れないだろう。ここは先輩から聞いた「さしすせそ」を活用せねばなるまい。
「そこでオレはガツンと言ったわけよ」
「さすが〜!」
「ってなわけよ」
「知らなかった〜!!」
「凄いだろ!」
「凄いですね〜!!!」
「このネクタイ記念日にくれたんだよ!」
「奥様のセンス良いですね〜〜!!!!」
「ちなみにオーダーメイドで限定品なんだぞ!!」
「そうなんですね〜〜!!!!!」
喋るスピードが早く食べる合間を中々渡してくれないおっちゃん、対する俺は半ばヤケクソで声を張り上げながらも餃子をかき込む。出禁に成りかねない事態だが、幸いにも親父さんは厨房で締め作業に入り聞こえておらず、あの老夫婦もずっと二人で話し込んでいる。この時ばかりは追い出して欲しかった。クソ早く食べ切らねば。
「ここ最近寒いだろ?だからおっちゃん毛布沢山包まるわけよ」
「モグモグ、ん、はい」
「で朝起きると寝汗でベットがベットベットってな!」
「ん“っ〜〜〜〜ゴクン、、アハハオモシローイ」
キツい助けてくれ、俺の心の限界が近づいて来たその時、あの老夫婦がやっと会話に混ざってきた。
「あら何だか急に寒くない?冷たい風、ホラアレよ、アレが吹く」
「木枯らしか、冬の始まりを告げる季語だな」
「それよそれ〜」
ここしかない、おっちゃんが老夫婦に気を取られている間に俺は最後の一つを無理やり飲み込むと、立ち上がり親父さんの元へ直行し、支払いを終えて防寒着を装着していく。だがしかし俺も日本人、礼を欠いては置けない性分、致し方なく声を掛ける。
「あの、餃子ありがとうございました」
「良いっていいって!おっちゃんもあんちゃんと話してて楽しかったしよ!」
「ではしつれ「あ!」
俺の声を遮って何か閃いた様な顔、なんだか嫌な予感がする
「外は寒いから気をつけろよ、寒すぎてサムシングってなぁ ハッハァ!!!」
暖房の行き届いているはずの店内に冷風が吹き荒れる、身も心も凍て付かせる季節外れの、それも特大な木枯らしが店内に吹雪いた。
「…寒い」
おわり
1/18/2026, 7:36:42 PM