薄墨

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柔らかい日の光に目を細める。
今日くらいは、ゆっくり行くのもアリかもしれない。

手綱を緩める。
腰に伝わってくる振動が、少し遅くなる。
馬の栗毛が、穏やかな陽に照らされて、柔らかく波打つ。
なんだか、ホッとしているような表情を浮かべ、馬は緩やかな並足で進む。

ホッとするのも当然だろう。
今まで、大急ぎで飛ばしてきたのだ。

ここまでの旅路は、とても慌ただしかった。
厄介事にたくさん遭遇したし、何より目的地まで早く着きたかったから。

私は自国の軍の命令を受け、旅をしている。
目的は、敵国の偵察。
それから、攫われた自国の指導者の娘を、救い出すことだった。

私の国には、資源がない。
あるのは、周りから資源や技術を略奪するための軍事力だけだ。
私たちは、他国と戦争を起こし、勝利を重ねて賠償や戦果として労働力や資源を得ることで、国として生き延びてきた。

しかし、最近は、火薬や爆弾など、軍隊の練度に関係のない武器が他国で開発されるようになってきた。
また、戦争の形態も変わってきた。
いつの間にか、他国は、一対一で勝負することを拒否し、平和協定を結んだり、不可侵条約を締結したりして、他国と協力した、団体戦を行うようになったのだ。

この世の中の変化は、私の故郷のような国には、逆風だった。
そういう世の中を生き残るため、自国は、在り方を変えることにした。

今までのように、自分たちが一国で、他の国に侵略戦争を挑むのはやめた。
その代わりに、他国や他国の企業に、貨幣や資源を支払ってもらうかわりに、他国の戦争を代理で請け負う。
私たちの国は、そう生まれ変わった。

私たちの国は、手数料を払ってくれるなら、どんな団体にも仕え、どんな相手にも戦果を上げる、軍隊国家として生き残っている。

当然、そんなビジネスモデルのために、我が国は、いろいろなところから恨みを買う。
指導者の娘が攫われたは、昔、クライアントからの依頼で滅ぼした国の残党によってだった。

その娘を救うため、私は大急ぎで、今まで旅をしていたのだった。

しかし、もう急ぐ必要は無くなった。
指導者の娘が攫った奴らによって殺されたことが、旅の途中で、明らかになったからだった。

あの娘は、あの指導者の子とは思えないくらい、朗らかで優しく、笑顔がとても可愛かった。
指導者最愛の子で、国民たちにとっても最愛の子だった。
軍大臣の娘の私とは、幼い頃からの知り合いで、私の最愛の、自慢の親友だった。

任務を失敗した私は、自国に帰れば殺されてしまうだろう。
親友の命を救うにも、国も救うにも間に合わなかった、そんな不甲斐ない罪人なのだから。

旅の途中で、私の旅は終わったのだ。

あの娘が死んだのに、陽は朗らかにさしている。
馬はのどかにゆっくりと歩いている。
私はなるだけゆっくり進む。
旅の途中で、旅の目的地は変わった。
これから私が歩むのは死出の旅。
親友を悼み、自分の死の準備をする、死の旅だ。

まだ旅の途中だ。のんびりいこう。
あの娘との思い出を辿りながら。

私は進む。
のどかな陽の中で、馬の鬣がふんわりと揺れた。

2/1/2025, 9:46:29 AM