『心の片隅で』
くすんだ色の木の扉を開けると、どうでもいい思い出ばかりが転がった、僕の部屋。足の踏み場もないほどに、学校の、教室ほどの大きさの部屋を埋め尽くしている。
「これを全部捨てて欲しいです。そう、全部です。塵ひとつ残さずに失くしてほしいです。」
僕は隣に立つ人物に向かって言う。この人はおそらく清掃員だろう。きっと、僕の思い出を優しく殺してくれる人だ。清掃員は薄暗いその部屋に入り、しゃがんで細かな思い出を漁る。僕は、そこから離れて、遠くに行った。
背後からビニールの音が聞こえるたびに、心が軽くなる。どうでもいい思い出が消えていく。自我が薄れて、綺麗になっていく。汚れた僕は、もういない。やがて大きな音も聞こえてくる。いわゆる大事な思い出なのだろう。自己の材料となったもの。心に風が通る感覚までしてくる。恐らく、もう数えるほどしか、残っていない。なんだか、途端に寂しくなってくる。あのときは“全部捨てて欲しい”なんて、言ってしまったが、思い返せば残しておきたい思い出が、水底から這い上がる気泡のように、希望のように、次々と現れる。僕は振り向いた。そして走った。この何もない空間をただ走って、疲れが溜まって今すぐに倒れ込んで寝たくなる。でも、全部を失ってしまった僕は、誰からも愛されない気がして。誰かから愛されたくて、自分を見直して、全部が塵で、全部捨てたくなって。でもそんなものは虚妄だった。捨てたくない、何一つ手放したくない。僕の、僕だけの思い出だ。痛くても、苦しくても惨めでも不恰好でも、なぜだか、認めてやりたい。
12/18/2025, 4:16:45 PM