愛しい兎

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:1000年先も

スーパーで買う予定のなかったものを手に取って誇らしげに僕に見せ、カゴに入れて満足気な顔をする君。
カラスの鳴き声を聞きながら並んで歩く帰り道では、靴擦れが気になるのか少し歩幅を変えて、アスファルトの小さな段差に躓かないように足先を払っていた。
何も言わずに背中を差し出すと、一瞬だけ迷う素振りを見せたあと、軽く体重を預けてくる。その拍子に、嬉しそうな鼻歌が背中越しに伝わってきた。

そんな、
どこにでもある時間の中で何度も同じことを確信する

―― ああ、やっぱり君だ、

それは直感というより、もっと鈍くて、身体に、自分そのものに染み込んでいる、そんな感覚。
君が笑うとき、ほんの少し息を吸ってから口角が上がる癖。何かに集中しているとき、無意識に指先を組むところ。眠くなると声が溶けて、語尾が曖昧になるところ。その時の感情を素直に表現するところ。
そういう細部が、説明できない安心感として胸の奥に溜まっていく。よく知っている。思い出そうとしているわけでもないのに、馴染んでしまう。

夜。君が先に眠ってしまったあと、静かに隣で横になる 灯りを落とした部屋の端で君の横顔を眺めながら耳を澄ますと、規則正しい心臓の音が聞こえる。
速くも遅くもなく、強くも弱くもない、ただ生きているという証拠みたいな音。そのリズムに身を預けると、僕の呼吸も自然に整っていく。理由は分からない。ただ、その音のおかげで胸の奥がひどく落ち着く。守りたいとか、失いたくないとか、そういう大げさな言葉よりも前に、 ''ここに君がいる''という安堵が先に来て、その後にふと、時間が止まればいいのに。なんて考えてしまう。

君は過去を振り返ることをあまり好まない。
未来の計画を細かく話すタイプでもない。
ただ、今日の夕飯の献立や、明日の天気に合わせて靴を選ぶことを丁寧に考える。その姿勢が、僕には眩しくもあり、少しだけ切なくもある。

ある時、何気ない仕草の途中で、君がぽつりと呟いた。

「 前にも、こんなことあった気がする 」

それは懐かしさというより、首を傾げるみたいな軽い調子で、すぐ別の話題に流れていった。
でも、その一言が胸に落ちた瞬間、僕の中では長い時間が静かに重なった。思い出す必要はない、と思いながらも、同時に、何度も同じ場面に立ち会ってきたことを否定できなかった。



君は知らない。知らないままでいい。 君が今の君として幸せに笑って、何事もなく1日を終えて、眠って、また朝を迎えることが何より大切だから。
世界は変わる。人も、価値も、約束の意味も、簡単に形を変えてしまう。 それでも不思議なことに、君だけはいつも見つかる。

なぜか分からないけれど、足が向く場所があって、
なぜか分からないけれど、振り返った先に君がいる。

そして見失ったことは一度もない。

僕はその事実だけを受け取る。
理由を考えるほど野暮になる気がして。



ある夜、君が少し不安そうに僕を見ることがあった。

「 ねえ、ずっと一緒にいられる? 」

まるで天気を聞くみたいに。 冗談のようだった。
でもその目はどことなく真剣で。
答えに迷うふりをしながら、黙って手を握った。
温度も、感触も、確かに今ここにあるもの。
それらは積み重ねてきた時間すべてを静かに運んできては、優しく肯定してくれる。

僕は知っている。
その問いが、どれほど軽く、どれほど重いかを。
ただ、今の君に向けて、いつもの調子で答える。

























「 1000年先も 」

2/4/2026, 1:00:45 PM