池上さゆり

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 ありもしない噂を否定するぐらいなら、黙っていた方が楽で。悪口が書かれたノートを先生に見せるぐらいなら、予備のノートを使った方が楽で。隠された上靴を探すよりも、学校のスリッパを借りた方が楽で。
 楽なことばかり考えて行動していたら、彼女たちの行動はエスカレートしていった。それでも、いつの間にか壊れていた心では痛みも悲しみも感じることはできなかった。感情を表に出さない私がいじめられているところを見ていて楽しいですかと問いかける。そんなことをしたって答えは返ってこない。そうわかっているなら、無感情と無言を貫き通す方が楽だった。
 そんな中、転入生がやってきた。興味はなかったが、このクラスで数日過ごしてすぐに私がいじめられているのだと気づいたらしい。蹴られている最中に目が合って、何もしないのが一番賢いよと伝えたかったはずが、転入生は誰よりも怒った。
「いじめるなんて最低。この子が可愛いからあんたちねたんでいるんでしょ」
「はぁ? そいつの顔面よくみた? てか、転校生様は部外者だからどけよ」
 そう言われているのに、転入生は何かの格闘技の構えのポーズを取った。関わらない方がいいと察したのか、みんな解散していった。
「私と一緒にいよう。きっとその間だけはいじめられなくて済むから」
 助けてくれたのに、私はその手を受け取ることができなかった。その正義感に次はあなたが殺されてしまうと忠告したかった。だから、無言でその手を払いのけて私は帰った。
 だけど、次の日から休み時間もお昼ご飯の時も放課後もずっと転入生は私についてきた。ずっと楽しそうに自分の話をしている。確かに、転入生が言った通り一緒にいるといじめられなかった。久々の平穏な日々に慣れてくると、壊れたはずの心が少しずつ繋がっていった。次第に転入生と楽しく会話するようになっていた。そんな日々に終わりが訪れた。
 学校に行くと朝のホームルームで転入生が転校していったのだと聞かされた。突然の別れに驚いて、連絡を取ろうとしたが連絡先も家も知らないことに今さら気づいた。いやだ、前みたいな生活に戻ってしまうと怯えた。
 だけど、いつまで経っても私の生活は平穏なままだった。彼女たちは代わりを見つけいじめていたのだ。助けてと訴えるその目に突き動かされた。
「もう、やめなよ。これ以上続けるなら先生呼ぶから」
 せっかく転入生が作ってくれた平穏を私は自ら壊しに行った。それでも後悔はない。彼女と過ごしたあの時間が、誰かを助ける勇気になる。

5/19/2023, 12:48:42 PM