sairo

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手を繋ぐ。
互いに冷え切った指は、熱の一欠片も感じられない。
それでも繋いでいれば段々に熱を持つ手に、嬉しくなって目を細めた。

「あたたかいね」
「うん。あたたかい」

噛みしめるような言葉に、笑みが浮かぶ。

「寒くない?痛くない?」
「もう寒くもないし、どこも痛い所はないよ」
「寂しくはない?」
「一緒にいてくれるから、寂しくはないよ」

確かめるように問いかければ、優しい声が返る。
もっと嬉しくなって、手は繋いだままその胸元に擦り寄った。冷たい体を温めるように、隙間なく触れる。

「嫌な所や変な所はない?」
「嫌な所はないけど…変、というか、不思議な感じはしてる」

ほんの少し、戸惑いを乗せた声。
顔を上げて視線を向ける。穏やかで優しい微笑みの中に困惑が見て取れて、手を繋いでいない方の手で頭を撫でた。

「いい子、いい子」
「くすぐったいよ」

くすくす、と笑う声が漏れる。
大丈夫だと、何度も頭を撫でていれば、同じように頭を撫でられた。
優しい手。初めて会った小さな少女の時から、変わらない。
どんな苦しい事、悲しい事があっても、最後の時まで彼女は優しいままだった。

「本当に不思議。もう外には出られないんだって思ってた。二度と会えないんだって、諦めてたのに」
「約束したもん。またね、って」
「そうだね。また逢えて、嬉しい」

ふわり、と柔らかな微笑み。
陽だまりのようで、あたたかい。
彼女は、変わらない。それが少しだけ哀しかった。

「これから、どこに行けばいいのかな」
「還り道が分からないなら、待っていれば迎えに来てくれるけど。分かるのなら、一緒に行こうか」
「いいの?」

不安が浮かぶ目を見て頷く。静かなありがとう、の言葉に、どういたしまして、と笑顔で答えた。
手だけは繋いだまま、体を離して二人、歩き出す。
幼い頃のように、ゆったりとした足取り。周囲の景色を見ながら、少しだけ寄り道をしながら歩いて行く。
それでも還る場所へ向かう足が、大きく逸れる事はない。彼女の足取りに迷いはない。

「懐かしいね。小さい頃を思い出す」
「そうだね。あの時は外に出る事も、走る事も出来たから」
「お転婆さんだったものね」
「それは忘れてよ」

笑い合う。取り留めのない話をしながら、思い出に浸る。
変わったもの、変わらないもの。一つ一つがとても愛おしい。

「ねぇ、狸さん」

柔らかな声。幼い頃と変わらない、その呼び名。

「なあに?」

首を傾げて見つめれば、あのね、とか細い声が、続く言葉に迷っている。
立ち止まり、彼女の目を見る。恥じらうように頬を染めて、小さく腕を広げた。
くすり、と笑う。
繋いだ手を離し人の形から、元の小さな狸の姿に戻る。彼女の腕の中に飛び込めば、そっと抱きしめられた。

「狸さんは、あたたかいね」

ほぅ、と彼女の唇から吐息が漏れる。首元に擦り寄り、頬を舐めれば、くすぐったいよ、と小さな笑う声が漏れた。
抱かれたまま、彼女の足は再び歩き出す。

「還る場所って、どんな所なんだろうね」
「暗い場所だよ。皆そこで眠るからね。暗くて静かなんだ」
「眠るの?ちゃんと眠れるかな」

微かな不安に揺れる彼女の声に、大丈夫、と頬を寄せる。
眠れなかったのは、前の話だ。もう蝕む体の痛みなどなくなってしまったのだから、気にする事はないだろうに。

「皆眠るんだよ。新しく生まれるためだから、眠れる」
「新しく、か。次は元気にいられるかな」
「元気になるよ。そして今度は、よぼよぼのおばあちゃんになるんだ」

そうであれ、と思いを込めて口にする。
そこにきっと自分はいない。寂しさはあるけれど、敢えてそれは口にせず、優しい彼女の幸せだけを思った。

「また、会えるかな」

小さな、消え入りそうなほど微かな声。
応えるべきかを迷う。過去に敢えて捕らわれる必要はないはずだ。

「どうかな。きっと新しくなったら、全部忘れてしまうから。会えても会えなくても変わらないと思うよ」
「会いたいと思っちゃ駄目なの?」

彼女の笑みが陰る。泣きそうに膜を張りだした目を見て、慌てて宥めるように頬を舐めた。

「分かった。また会おう?待っていてあげるから」
「約束、してくれる?絶対だよ」
「ん。約束」

首元に擦り寄り、忙しなく脈打つ鼓動を鎮めるように、目を閉じる。
会いたいのは同じだ。彼女がほんの少しでもここに未練を残してくれたのなら、そのまま攫ってしまいたいと思うくらいには。
あたたかい。約束一つで、心が跳ねる。幸せに緩む口で約束、と繰り返した。

「じゃあ、早く行かないと。眠って、ちゃんと起きないとね」
「そうだね。少し急ごうか」
「どこに行くの?」

不意にかけられた声。
振り返れば、首を傾げた常世の迎え。

「還るのならば、そっちは違うけれど」

無言で彼女と見つめ合う。

「てっきり知っているのかと思ってた」
「何も言わないから、合ってるのかと思ってた」

迎えを見る。
何も言わずに、首を振られた。
もう一度、彼女を見つめ合い。腕の中から飛び出して人の形を取り、手を繋いだ。
迎えの元へ歩み寄る。

「よくいる。迷子」
「迷子」
「こっち。着いてきて」

促されるまま、迎えの後について歩き出す。
冷えてしまった手を温めるように、少しだけ強く手を握り。時折視線を合わせては、笑い合った。

別れは寂しくはない。またね、の約束が、心を軽くする。
晴れやかな、まるで陽だまりのようなあたたかさで、常世への道を一緒に歩いていた。



20250112 『あたたかいね』

1/13/2025, 7:31:30 AM