【声が聞こえる】
⚠️戦争表現有り
ウゥ〜ウゥ〜
地面の底から押し上げるような大きな大きな音。
ごおごおと鳴る空のエンジン。
空から降るたくさんの鉄の雨。
防空壕にいても聞こえるこの音に、僕の心臓は前よりギュッと縮む。
『っ、、はぁ、はぁ、、』
みんなの息遣いも今の僕には大きく聞こえる。
『コウタ、大丈夫?』
僕の手をギュッと握ってるお姉ちゃんの手も、雪の中で1時間遊んだ後のように冷たくなってた。
『だ、大丈夫、、お母さんとお父さん、大丈夫かな、、』
まだ日が昇ってたお昼時。
お父さんとお母さんが仕事に行っている時に空襲警報が鳴ってしまった。
『コウタ、早くこっち!』
僕と一緒に家にいたお姉ちゃんに連れられて、陽の光も一切届かない暗い穴の中に入った。
しばらくして、地面が小刻みに揺れ始めた。
カタカタって、馬車が僕の顔スレスレを通ったみたいに。
それから穴の中にいても聞こえる大きな音。
巨人がたくさん来て、僕たちの住んでる場所で足踏みしてるみたいに。
毎日すいとんかさつまいものツルくらいしか食べれてない僕のお腹はペコペコだったけれど、僕の大きなお腹の音は、それよりも大きな巨人の足踏みでかき消された。
やがて音が止んで、入り口付近にいた大人の人達がそろっと外を見た。
途端に、今まで真っ暗な場所にいたから、あまりの明るさに目が眩んで思わずカエルが轢かれたような声が出た。
『コウタ、出るよ。』
チカチカする目を閉じたまま、お姉ちゃんに引かれるまま外に出る。
目のチカチカがやんだ僕は、ゆっくりと目を開いた。
囲炉裏の中のようだった。
僕らの住んでた場所は、くべた薪が炭になって火がちろちろと燃えているようだった。
『お姉ちゃんっ、僕たちの家は?!』
お姉ちゃんはジッと目の前を見つめていた。
僕もそれに倣って前を見た。
家が、バラバラになってた。
バラバラ?ボロボロの方がいいのかも。
残っていたのは僅かな縁の下のみ。
『ど、どうすればいいの、、?』
お姉ちゃんは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
『お姉ちゃん、家どこ?』
ここって、僕の家だったっけ。
___________
その後、僕らは都心から離れた田舎に移った。
お母さんとお父さんは無事だった。
でも家がなくなっちゃった。
新しい土地で借りられる家なんてなくて、ほったて小屋みたいなところが僕らの家になった。
『じゃあ、行ってくるけ、ちゃんと良い子にするんよ。』
お母さんは毎日そう言って出かけた。
お姉ちゃんは僕と一緒にお留守番。
時々どこかに出かけて行くけど、何をしてるのかはわかんない。
『コウタ、いつでもあの穴に隠れんぼ出来るように、これ被るんよ。』
お姉ちゃんはお母さんが出て行った後、僕に頭巾を被せた。
お姉ちゃんの手は、ちょっと冷たかった。
それからちょっとだけすぎた。
この生活にも慣れて、僕はお姉ちゃんに言われなくても頭巾を被れるようになった。
『コウタ、偉いね。』
そんな僕をお姉ちゃんは優しく撫でてくれた。
お昼になった。
『今日のお昼、甘いお芋にしよっか!』
お姉ちゃんの提案で、まだ早い時間からお芋を焼くことになった。
『やった〜!』
僕は庭で走り回った。
ゴゴゴゴォ
僕とお姉ちゃんは揃って空を見上げた。
空には黒いカラスが真っ直ぐに飛んでいた。
『コウタ、、早くあっちに隠れんぼして!』
お姉ちゃんが今までにない力で僕を押した。
僕は倒れかけながらもお姉ちゃんに言われた通りに穴の中に入って奥に逃げた。
ずっとずっと逃げた。
ぴか
広くて深い穴の中が、一瞬明るくなった。
僕は体を思い切り丸めて、頭巾を力いっぱい握った。
どん
思い切り穴の奥に飛ばされて、体を土壁に打ちつけた。
『ゔっ!!』
またカエルみたいな声が出て、あまりの痛みに声がしばらく出なかった。
収まった、、?
そう思ってそろりと穴から出た。
そこはもう、僕の知ってる場所じゃなかった。
辺りは何もなくした机の上みたいにまっさらで、空は白い煙に覆われていた。
『お姉、、ちゃん』
まっさらな机の上を僕は一歩一歩歩いた。
周りは全部同じ。
肌が焼けてドロドロになった人、家に押しつぶされて足が変な方向に曲がっちゃってる人。
おんなじ光景がずっと続いた。
そしてみんなみんな同じことを言った。
『助けて、、助けて、、』
『熱いよ、、熱いよ、、、』
『いたい、、いたい』
耳を塞ぎたくなった。
声が僕の耳元で聞こえる。
ずっとずっと聞こえる。
80を過ぎた今も、ずっと聞こえてる。
9/22/2024, 11:15:38 AM