この道路のここは、雨の境目になっている。
風の流れのせいか、雲の量のせいか、向こうに見える山の勾配のせいか、ここは天気予報が「ところにより雨」の時、道路の真ん中を境に、向こう側で雨がくっきり、壁のように降っている。
一歩向こうに踏み込めば、たちまち雨粒が体を打ち、
ざあっと降雨の音が、耳を包み込む。
いつも雨雲の境目がここにある。
ここはそういう道だった。
目の前で、雨が地面を叩いている。
水たまりを跳ね飛ばした車が、水溜まりの残滓を撒き散らしながら、乾いたコンクリートを踏んでいく。
なぜそんな奇特なところに私はいるのか、というと、なんでことはない、この道路の先が私の地元だからだった。
間違っても、天気マニアで雨の境を観光に来たとか、新天地でうまくいかなかった自分の人生のために感傷に浸りに来たとか、そんな話ではない。
ただ、地元に、実家に帰る道すがら、通らなくてはいけない道なだけだ。
中学を卒業してすぐ、実家を出た。
山間の、周りでは一番大きいくせに、最寄りのコンビニに行くには車が必須な、そんな中途半端に廃れた地元の町が嫌になって、県外の高校を受験した。
授業でうっかりおもしろ回答をしたことや、良かったテストの点さえも、あっという間に広がる地元の町の狭い人間関係が嫌になって、当たり前のように、駅でカフェに寄り、その足で地下鉄を乗りこなす人を恋人にした。
色褪せ錆びれた店の看板や、蔦に絡まれた錆びついた門や、今にも崩れそうな空き家のブロック塀を避けて道の真ん中を通るように、と先生から言われるような、そんな閑散とした歯抜けのような町並みが嫌になって、ミニチュアか何かのパズルかのように、ぎっしりと清潔な建物が並び立つ、騒がしい街に住むことにした。
高校を卒業したら働くか、働くかの選択肢しか話さない同級生たちにうんざりして、志望大学や研究テーマや大学生活を受験勉強でやつれた顔で、しかし、キラキラとした目で語るそんな人を友人にした。
その結果は…
結果は。
ご覧のとおりだ。
私は結局、見慣れた雨の壁の前に立っている。
清潔な都会の街の高校に受かって、バスに乗って地元を出た日も、確か天気予報は、ところにより雨の日だった。
あの日、この雨の壁を抜けた時、私はスッキリとした晴れがましい気持ちだった。
これで、インターネットで自傷行為のように何度も見た、都会のキラキラとした未来を、自分の手に掴めるのだ、と信じきっていた。
あのスマホの中の無数の投稿から見えてきた、現代の地域格差というものから私は抜け出せたのだ、と思っていた。
しかし、それは間違いだったのだ。
判で押したような定型の暮らしで作り上げられた地元の社会で育った私は、自由への責任を知らなかった。
有り余るほどの選択肢がある中で、自分で最適解を考え、将来を選びとるということを、私はできなかったのだ。
気がつけば私は、溢れる物、人、選択肢に呑み込まれ、誘惑と欲望に負け、下へ下へと流され流され、とうとう街で生活できないほどに落ちぶれた。
追い詰められて、騙されて、賢くない私は、犯罪にまで手を出した。
私は、あの街では、まごうことなき田舎者で、喰われるカモだった。
あの時は、雨から脱せたと思っていた。
この雨の壁を抜けた、こちら側は、快晴だと思い込んでいた。
しかし、今私の上には、ぼんやりと濁った空がある。
考えてみれば当たり前だ。
「ところにより雨」の日は、雨が降っていない地域も、ぐずついた天気なのだ。
この道路は、雨の境目になっている。
一歩踏み出せば、たちまち雨粒が体を打ち、ざあっと降雨の音が耳を包み込む。
あの頃は、それを煩わしいと思っていた。
まだ自由の代償を知らない、青かったあの頃の私は。
3/24/2026, 11:10:46 PM