「えっ? 今、何時?」
リビングの机に突っ伏して、寝てしまっていた。よだれの洪水を手で拭いながら、薄暗い部屋で時計を探す。
と、壁時計の針が一本になっていて、ぎょっとした。
「まさか、怪盗サイレントムーンが時間を奪った?」
妙なことを口走った瞬間、深夜1時5分の短針がひょっこり顔を出した。時計の針が重なっていただけか。
そして、またリアタイできなかった。
私はノロノロと席を立ち、テレビのリモコンボタンを押す。チャンネルの数字が青白く浮かび、画面が切り替わった。現れたのは、中学生の勉強合宿。
「夏を制する者は受験を制す」と書かれた鉢巻を締めた中学生たちが、夜中にも関わらずガリガリと鉛筆を動かしている。
カメラがぐっと寄って、窓の外に怪盗サイレントムーンが映し出された。シルクハットを目深にかぶった彼は、木の上から建物の中をじっと覗いていて――いったい、ここから何を盗むんだろう。
「私なら合宿ごと盗んでほしいな……」
勉強なんて大嫌いだった。なのに、親に言われて塾に通わされた日々。そんな態度だから何も血肉にならなかった。
そのとき、画面から叫び声が鳴り響いた。
「塾長、テストの答案が盗まれています!」
「何っ、まだ採点途中じゃないのか?」
「はい。どうしましょう……あっ!」
ピンクのカーディガンを着た女性が、机の上を指差した。そこにはシルクハットが書かれたカード。
「これは怪盗サイレントムーン!」
「ああ、盗まれたものは二度と戻って来ないという……」
「くそっ、警察に連絡してくれ。答案は諦めるしかないのか!」
「……もう、今日はお開きにしては?」
「不本意だが、仕方ない」
塾長が部屋からドスドスと音を立てて出ていく。女性はカーディガンの裾をキュッと掴んで呟いた。
「ありがとう。怪盗サイレントムーン」
マイクが拾った小声が、リビングの静けさに混じった。私は目を見開いた。女性の先生が依頼していたとは。
「これでやっと眠れるわ……ブラックな勉強合宿とは、もうさよならね」
女性は椅子に座って船を漕ぎ出した。それを窓の外から眺める怪盗サイレントムーン。手には“何も採点されていない”答案の山。
怪盗サイレントムーンは、女性の睡眠時間を守ったのか。
私はふと頬に触れる。乾燥してカサカサした肌。やはり12時を過ぎて起きているのは良くない。最初に時計の針が重なったときに寝るべきなのだ。
9/24/2025, 1:27:56 PM