すゞめ

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『きらめく街並み』

 シャンパンゴールドに輝く駅周りのイルミネーションは、時刻が夜であることを忘れさせるほど強くきらめいていた。
 影ですら白ばむ明るさは、行き交う人々さえもキラキラと輝かやかせる。
 もみの木を模した大きな白いツリーの下では多くのカップルで賑わっていた。
 クリスマスという季節柄は人々を浮き足立たせている。

 同じ男女とはいえ、俺たちはカップルには見えないだろうな。

 目の前を歩く彼女は練習帰りだ。
 乗り換えのためだけの通り道。
 ジャージの上からベンチコートを着てスポーツバッグを抱えていた。
 一方で俺は私服でまとめている。
 よくて先輩後輩の関係にしか見えないだろう。

 実際の俺たちの関係に名前はなかった。

 たまたま。
 あくまでも、たまたま、だ。
 彼女と電車で鉢合わせて強引に自宅の近くまで送ると、俺が一方的に彼女の後ろをついて歩いている。

 彼女は休む間もなく試合をこなしていたためか、纏う雰囲気はピリついていた。
 年末には彼女にとって大切な試合も控えている。
 派手な電飾には少し眩しそうにしていたが、きらめきを鑑賞することなく乗り継ぎ駅に向かっていた。

「っ、そっちはダメです!」
「は?」

 忙しなく行き交う人混みのなか、俺は、俺たちは見つけてしまった。

 彼女が高校生の間、交際していた相手。

 穏やかに微笑む彼の視線の先には、同じく穏やかにしかしはにかみながら、彼に腕を絡めて彼の隣に立つ女性もいた。
 人目もはばからすどちらからともなく顔を寄せていく彼らに、彼女の後ろ姿が揺れる。
 慌てて彼女の前に立とうと駆け出した瞬間、息を飲んだ。

 うわ。

 大きく目を見開いた彼女の横顔は、悲しみに染まる。

「っ……あ……」

 俺には見せなかった、彼女の恋が涙とともに散っていく。
 この先の彼らの行動なんて目に入れず、逃げ出してしまったほうがいいに決まっていた。
 それなのに、地面に足が縫いつけられているのか、微動だにしない。
 顔を逸らすという選択すら、できない様子だった。

 言葉で彼女を呼び止めてしまうと、向こうにも気づかれてしまうかもしれない。
 それだけはさせたくなかった。

 どんなかたちであれ、ふたりを引き合わせてしまえば、俺では彼女を止めることはできない。

 必死だった。
 見せたくなかった。
 例え手遅れだろうとも、これ以上、彼女に傷ついてほしくなかった。

 彼らの決定的なこの先を見せたくなくて、衝動的に彼女の肩を抱き寄せる。
 俺が壁になって彼女の視界を遮った。

「っ、え? や、離して……っ」
「すみません。今は聞けません」

 上ずった声。
 激しく動揺して浅くなる呼吸。
 小さく震える肩。

 俺には絶対に見せることはなかった彼女の感情。
 その感情を、表情を見せてくれる相手が俺だったらと、どれだけ焦がれたか。
 同時に、俺ならそんな感情を抱かせないのにとも思った。

「すみません」

 見た目よりもずっと細さに戸惑いながらも、肩に回した手に力を込める。
 俺から距離を取ろうと、彼女はもがくように抵抗した。
 だが、乱れた感情のなかではそれも長くは続かない。

 声どころか、嗚咽すら漏らさず息を殺して肩を震えさせるのは、彼女のなけなしのプライドだ。
 彼女の肩を抱いているのに、俺たちの間には確かに距離が開いている。
 彼女は俺の服に、存在を、溢れてしまった感情を刻ませてはくれなかった。

 手を握ることも、抱き寄せることも、今の俺には許されていない。
 臆病な俺は彼女の傷につけ入ることはできなかった。

「俺のコートの右ポケットにティッシュがあります。せめてそれ、使ってください」

 顔を逸らしてなんとかそれだけ伝えるが、彼女が動く気配はない。

「……」
「袖で擦ろうとしたらダメですよ?」

 シュル、と衣擦れの音が聞こえてきたので念のために釘を刺した。

「そんなことしたら俺がやるし、俺がやったらちゃんとその泣き顔は拝みますし、動画でも収めます」
「動っ!?」
「ちょっと」

 急いで顔を逸らしたが、彼女の潤んだ感情の跡がチラッと見えてしまった。

「なんで顔、上げちゃうんですか」
「そっちが、変なこと言うから……」

 嗚咽混じりの乱れた声音が、耳の奥から脳内を揺さぶる。

 ダメだ。
 かわいい。

 彼女が一向に涙を拭う気配がないため、我慢できずにティッシュを取り出した。
 そっと目元に当てがえば、反射なのだろうが「んっ」なんて小さく息を溢す。
 口元を窄めて両目を瞑ってしまうものだから始末が悪かった。

 彼女の天使のキス顔の破壊力が凄まじい。

 このままこの形のいい唇に齧りつきたい。

 健全な男子たる欲求がストレートに脳裏を支配した。
 その欲を必死に追い出して、彼女から離れる。

「行きますよ」
「ん……」

 いつもよりも歩幅が小さくなってとぼとぼと肩を落とした彼女の後ろを、俺もピッタリとついて歩く。

 爛々ときらめく街並みは、彼女の悲しみの影までは薄くしてくれなかった。

12/6/2025, 7:52:08 AM