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これまでずっと、配達員というのはエントランスや玄関に現れるものだと思っていた。

これはどういったことだろう。

僕はドアノブを手放すことも忘れて、扉を半分開けた状態で固まっていた。

見慣れた資料庫の雑然とした空間に、見慣れない配達員がいる───。

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件の配達員は若い男性だ。
見覚えのない色だが、配達員と呼ばれる人たちが身に着けている制服と同様のものを身に纏っている。

手に持つ小包も配達員という雰囲気をしっかり醸している。エントランスにいてくれたなら、普通の配達員と何ら変わりなく受け入れられたのに。何故エントランスから登場してくれなかったのだろうか。

コレは、新手の泥棒というやつだろうか。

研究所のエントランスは、来客があるとチャイムが鳴るようになっている。今日チャイムが鳴ったのは、今朝届いた社内便の際に鳴った一回きりだ。
何の問題もなく鳴っていたので、チャイムが壊れたわけではないだろう。
それに、この資料庫は研究室内にある。
資料庫に行くには、研究室を通らなくてはいけない。朝9時の出社から今まで、僕は研究室を出ていない。その間に侵入されたというのは、あまりに非現実的過ぎるだろう。
外からの侵入も考えられなくはないが、資料庫には窓がない。スパイ映画のようにダクトを通るという手もあるのだろうが、あいにく旧式のボロい研究所だ。人が通れるようなダクトもない。
それとも僕は、幽霊に遭遇してしまったのだろうか。配達員の幽霊とは、聞いたことがない。
資料庫は、(しょっちゅう電気の消し忘れがあった為)センサーで電気がつくようになっている。
動く人影が無いと、電気はつかない。
しかし、僕が扉を開ける前から電気はついていた。
このことから、配達員風の彼には実体があり、幽霊の線は消えるということになる。
やはり現実的に考えて、泥棒なのだろか。

そもそも、資料庫から一体何を盗もうと言うのだろう。
そこにあるのは、僕が書き散らした実験記録くらいしかなく、今すぐ金目になるようなモノはないというのに。
産業スパイにしても、もっと大きく研究が盛んな所を狙うべきで、こんな過疎地の貧弱研究所に何を求めているというのだろう。

頭の中で沢山の疑問符がぐるぐると乱舞している僕に、配達員風の男性は頭を掻きながら話しかけてきた。

「あのぉ、すみません。本当はエントランスに出るはずだったんですが」

うん。エントランスにいてくれたら良かったのにって、僕も思っていた。

「座標の指定を間違えたようでして」

配達員風の男性は恥ずかしそうに俯いている。帽子から出ている耳が赤い。
座標の指定とは何だろうか。疑問に思うと同時に配達員風の男性が言葉を続ける。

「この様な誤解を招く登場となり申し訳ございません。…あの、その…。大変申し上げにくいのですが、お届け物に上がりましたので、こちらにサインをいただけますか…?」

配達員風の男性はそう言って、小包とボールペンを差し出してきた。

疑問は尽きないが、ひとまず泥棒ではないようだ。

僕はずっと握りしめていたドアノブを離すと、資料庫へ足を踏み入れた。
背後で閉じる扉の音が嫌に響いた。

僕は慎重に配達員風の男性に近づき、小包を覗き込む。

送り状の宛名は、僕の名前になっている。送り主の欄は空欄だ。

「申し訳ないけれど、送り主が不明なものは受け取れないんだ。受取拒否をさせてくれないかな」

僕の申し出に配達員風の男性は、肩を落とした。
今にも泣き出しそうな顔をしている。

「すみません。自分がこんな変な登場をしたばかりに…荷物まで不審に思われてもしょうがないですよね。でも、これだけは信じてください。荷物は不審なものではないです。これを依頼してきた人は変人ではありますが、受け取った人が不幸になるようなものは贈らない人です」

そう言うと男性は帽子を取り、頭を下げた。

「この度の自分の間違いにより、ご迷惑をおかけしていること、誤解を与えてしまったことを深くお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした!」

小包を持つ手がフルフルと震えている。

その姿は、悪意で人を陥れようとする人物には到底見えない。

泥棒紛いの不審な登場。送り主知らずの小包。
怪しさ満点であることには、代わりない。受け取らないことが世間一般の常識であり、正解なのだろう。

しかし、配達員風の男性が嘘をついて何の得があるのだろうか。
僕を陥れて誰が喜ぶのだろうか。

配達員風の男性は、まだ頭を下げ続けている。

どうも僕は、こういう姿に弱い。

「頭を上げてください」

僕の言葉に配達員風の男性は、ゆっくりと顔を上げた。
目元が赤くなっている。懸命に泣くまいとしていたのだろう。

「サインをします。ただし、小包を開けるのを手伝ってもらえますか?」

「小包を開けるのを手伝う?」

「そう。生憎、私は送り主を知りません。貴方は送り主の方をご存知でしょうが、守秘義務の関係で送り主を私に教えるということはできないでしょう?だから、一緒に箱を開ける、当事者の一人になってくれませんか?」

小包の中身が危険なものだったら持ち帰ってもらうか、廃棄処分をすれば良い。
要は、何かあった際の証言者になってもらえれば十分という訳だ。
無茶苦茶な申し出というのは理解しているが、先に非常識な事をされてしまったわけだし、これくらいの我儘は許してもらいたい。

配達員風の男性は、困った顔をしている。
やはり、顧客のモノに手を出すということに躊躇いがあるようだ。

「開けるのが無理でしたら、開けるのを見ていて欲しいのですが、よろしいですか?」

僕の譲歩に配達員風の男性は短く「はい」と答えた。

僕は送り状にサインをすると、小包のガムテープに手をかけ慎重に剥がし始めた。
小包の素材である段ボールは、衝撃などに対して丈夫な作りをしているが、表面は脆く傷つきやすい。
その為、どうしてもテープ跡を免れることはできないだろう。少しでもダメージが少ないよう、送り状とガムテープが重なったところは特にゆっくりと剥がした。苦労の甲斐あってか、箱へのダメージも少なく、送り状も傷めずに済んだ。

ホッと息をつき、次いで息をグッと詰め、箱を開く。
箱の中は、小さな緩衝材で埋め尽くされている。
緩衝材の隙間からキラリと光るものが見えた。
緩衝材を退かすと、細長い六角柱のガラスが姿を現した。
ガラスの中で、花がユラユラと揺れている。

「これは、ハーバリウム?」

赤、ピンク、白、オレンジのガーベラが美しいハーバリウムがそこにはあった。

ハーバリウム液は石油系の可燃性液体が使用されている。引火点が250℃未満の石油系オイルは消防法上の危険物に該当するが、 一部のハーバリウム液は引火点が250℃以上のものを採用している。そのため、必ずしも危険物扱いになるとは限らない。

僕はハーバリウムをそっと手に取って、光に透かしてみた。
ユラユラとガーベラがのどかに揺れる。
どうやら不純物等は入っていない。至って普通のハーバリウムのようだ。

「箱の中に紙が入っていますよ」

配達員風の男性が指差す先に、手紙があった。
ハーバリウムの下に隠れていたようだ。

資料棚にハーバリウムを置き、箱の中の手紙を取る。
ご丁寧に僕の名前は書かれているが、差出人の名前はない。
この小包の送り主は、どこまでも名前を明かしたくないようだ。

開封すると、1枚の手紙が出てきた。

【遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。細やかなプレゼントをお送りいたします。これからも良き博士としてあり続けてください。】

前略もなく始まった手紙は、僕の誕生日を祝う手紙だった。

「僕の誕生日、随分前なんだけどな…」

僕の誕生日は、4月18日だ。
もう、2ヶ月ほど過ぎている。

「何故、ガーベラなんでしょうね」

配達員風の男性が、不思議そうに首を傾げている。

「これを贈ってくれた人は、本当に僕のことを知っているんだね」

配達員風の男性の疑問には答えず、そっとガーベラのハーバリウムへ目を向ける。

鮮やかな色のガーベラが、資料庫の中で浮いていた。

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「博士、ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

郵便局に行っていた助手が、帰ってきた。
外はとても暑かったようで、「暑い、暑い」と文句を言っている。

「給湯室の冷蔵庫にお茶のペットボトルが冷えているから、飲んでいいよ」

「本当ですか!助かります」

そう言って助手は顔を綻ばせると、給湯室へ向かった。

明るい空気が満ちた研究室に、僕は自然と口元が緩んでいくのを感じた。

ペットボトル片手に研究室に戻った助手が、デスクに戻る最中、培養機の隣にある作業台の前で足を止めた。

「博士、このハーバリウムどうしたんですか?」

今朝までなかったですよね?と、ガーベラのハーバリウムを指さして不思議そうな顔をしている。

「誕生日プレゼントでね、さっき届いたんだ。君がね、郵便局に行っている間、面白いことがあったんだよ」

「えっ、何があったんですか?」

興味津々といった様子で助手が食いついてきた。
とても良い反応だ。

今回の事を話したら、彼女は、一体どんな反応をしてくれるだろうか。

僕は高鳴る気持ちを抑えながら、今日起きた事を整理しつつ、話し始めた。

「実はね──」

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博士と配達員の邂逅
テーマ「これまでずっと」

7/12/2024, 2:51:46 PM