かたいなか

Open App

「『鳥かご』、……とりかご……!?」
前回が前回で今回も今回。難題去ってまた難題。某所在住物書きは19時着の題目を見て、今日も天井を見上げ途方に暮れた。
「『いわく付きの鳥かごがひとつありました』と、『鳥かごの中の鳥は幸福でしょうか不幸でしょうか』と、『◯◯さんはまるで、鳥かごに囚われた鳥みたいでした』と?あと何だ……?」
うんうん恒例に悩んで複数個物語のネタを書くも、「なんか違う」と頭をかいては白紙に戻す。
妙案閃かぬ苦悩の顔はチベットスナギツネである。
「ダメだわ。頭固くて思いつかねぇ」
次回はもう少しイージーなお題でありますように。物書きは祈り、ため息を吐いたが……

――――――

最高気温がほぼ人肌だった都内某所、某アパートの一室。人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、職場の後輩と一緒に、穏やかな白の甚平とラムネで涼をとっておりました。

「ただの、私個人の、いち意見なんだけどね」
「なんだ」
「先輩、なんか加元さんのせいで、鳥かごの鳥みたいにされちゃってる気がして」
「とりかご?」

捻くれ者は名前を藤森といい、やむを得ず、自分の初恋相手から8年間、ずっと逃げ続けておりました。
初恋相手は加元といいました。元カレ・元カノで、「かもと」。単純ですね。
藤森はこの加元に、呟きアプリで一方的にこき下ろされ、心を傷つけられたために、みずから縁を切り姿を消したのでした。

なのに先日自分をボロクソにディスった筈の加元とバッタリ会って、向こうが「待って」「話を聞いて」と追っかけてきたからどうしよう。
藤森はアパートの家具を整理して、減らして、
加元に居住地がバレた時にすぐ逃げられるよう、着々と、粛々と、準備をし終えてしまったのでした。

それが悔しくて悔しくて、ちょっとだけ困るのが藤森の後輩。
数年、長い間一緒に仕事をしてきたのです。なによりちょこちょこアパートに来て、一緒にリモートワークをしたり、ついでに自炊ランチをご一緒したりしていたのです。
藤森がこのまま逃げてしまったら、後輩は藤森の作る低糖質低塩分メニューと、藤森が淹れる優しいお茶を、きっともう口にできなくなってしまうのです。

「縁切ってからも、ずっと『加元さんと会わないように』、『会ってもすぐ逃げられるように』って、加元さん中心の考えで生きてきたってことでしょ。それじゃあ先輩、どれだけ逃げても遠くに行っても、加元さんの鳥かごに閉じ込められっ放しの鳥だもん」
「つまり?……何が言いたい?」
「そろそろ加元さんから自由になろうよ。鳥かごの中の鳥はさ、おはなしの中では、大抵そこから出てくのがお約束だもん。
加元さんにキッパリ言うの。『追ってこないで』って。『あなたとヨリを戻す気は無い』って」

ホントにただの、私個人の意見でしかないんだけどね。でも、ちょっとだけ、言うだけ言ってみようかなって。
後輩はそう付け足して、「ぶっちゃけもう低糖質冷製パスタとかチーズリゾットとかが食べられなくなるのはたえられない」なんて食欲はこっそり隠して、
先輩を、藤森をまっすぐ見つめたのでした。

藤森は寂しそうな、苦しそうな目で後輩を見つめ返し、たまらなくなって視線を下げました。
「……ありがとう」
藤森は言いました。
「要するに、私のメシはお前に好評だったんだな」
いかな透視を使ったか、後輩のじゅるりな食欲は、隠した筈の嘆願は、藤森にがっつりバレてしまっていましたとさ。

「あのね、先輩、私は先輩のことを思って、」
「顔に書いている。『シェフを手放したくない』と」
「過去の鳥かごにとらわれるより、私ともう少し一緒にパスタ食べてください」
「検討はする。……検討はな」

7/25/2023, 3:09:00 PM