"失恋"
「またいつか」
「うん、またね」
突然の別れを告げられて少し言葉を交わし、扉の向こうへと消えていく背中を見送った後、帰宅し真っ直ぐ自室に入ってベッドの端に座ると、流れるようにベッドに四肢を投げた。
「もう、会えない」
そう告げた時の彼を思い出し、数多の感情が込み上げてくる。
本当は反抗したかった。『嫌だ』と言いたかった。
だが、あの表情を見せられてしまっては、頷く事しかできない。
せめて今生の別れにしないよう、いつになるか分からない、無期限のような約束を交わす事しかできなかった。
相当にやつれ、昨日までとはまるで別人のようだった。あの雰囲気から察するに、おそらく仕事に関する事だろう。
俺はまだ、医師になる為の勉強を積んでいる学生。対してあの人は二十四歳という若さながら、今や《天才放射線科医》と謳われる程の名医。
そんな者に悩みを聞くなど、無理な話だ。聞いたところで何も答えられず、なんの解決にもならないだろう。
それに、あの人は繊細で真面目で優しい人だ。たとえ口が堅いと分かっている相手だろうと、仕事の話をおいそれと他人には話せない。
医師には守秘義務がある。その事を汲んで理由は聞かなかった。
だが、一方的に「会えない」と告げられれば少しは抵抗する。だから再会の約束を付けた。
「これで良かったのか……?」
夕方の茜色が刺す自室の天井に向かって呟く。
それは自分が発したものとは思えない程に弱々しく、その呟きは静寂の部屋の中に霧散し消えていった。
最後の言葉を交わした後、あの人の背中を見た時からずっとある虚無感が押し寄せてきた。
まるで心に大きな穴が空いたような感覚。この虚無感は、難問を解いてしまった時のような寂しさのようにも思える。
だが、そんな寂しさではない。もっと別の寂しさ。
上体を起こしてスマホの検索タブを開き、適当な単語を並べて検索をタップする。
幾つか出てきた検索結果をスクロールしながら流し目で見て、理解した。
「……なるほど。……そういう事か」
スマホの画面を見ながら、再び呟く。
呟きを零すと、頬に一筋の《何か》が伝った。頬を撫でて、それが涙である事が分かった。
正体を知ってスッキリしたはずなのに、何故泣いているのか。それはスマホに表示されている幾つもの検索結果が、無機質にゴシック体で代わりに答えている。
「これは、相当辛いな……」
自覚する前に、呆気なく終わってしまった。
父の声が扉の外から聞こえるまで、涙の雫が一つ、また一つと落ちて手の甲を濡らした。
6/3/2024, 12:58:39 PM