仮色

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【ベルの音】

ただ、ぼーっとしていた。
なんとなく外に出たくなって街が一望出来る丘に来たけれど、容赦なんかない冷たい風は頬を撫でてくる。
体の震えが止まらなくてもう戻ろうかななんて思ったりもしたけど、消えない光を纏った街があまりにも綺麗で、それは少し勿体なかった。
羽織ってきた冬の夜には心許ないコートを手繰り寄せて、体全体をなるべく覆えるようにする。
手を脇に挟んで頑張って温めながら、きらきらとした夜景に浸る。

昔あっただろう森は開発されてしまって、この人工の美しさが出されているのだろうが、それが良い事なのかは私には判断できなかった。
街が明るすぎて星が見えないし、自然の凛とした美しさも消えてしまっている。
でも、私は人工的なビビットの美が好きだった。
…それも、地球からしたらはた迷惑な話かも知れないが。

自分の居るところが遠いせいでぼんやりと滲む光の輪を見て、頭に焼き付ける。

「さて…帰るかぁ」

この丘に一基だけ置かれているベンチから立ち上がって、寒さのせいで縮まった体をぐーっと伸ばす。
そのせいでコートが開いて冷気が隙間から入ってきたが、あまり気にならなかった。
車じゃなくて歩きで来てしまったので、家まではかなり遠い。
さあ歩こう、と一歩踏み出した時だった。

   ゴ―――ン

そんなはず無いのに、耳の近くで鐘の音が聞こえた。
かなり大きな鐘なのか、耳がガンガンとして暫く何も聞こえなくなる。
莫大な音圧に酷い頭痛が誘発されて、耳を抑えてしゃがんだ。

ゴ――ン ゴ――ン ゴ――ン……

何回も耳元で鐘の音が鳴る。
何回も何回も、何が起こっているか分からないまま音が脳に直接響く。

「ぅう…、」

頭痛がどんどん酷くなって、意識が朦朧としてきた時だった。
ぴたり、と音が止んだ。
頭痛に耐えようと閉じていた目を開けると、目の前に見慣れたアスファルトは無く、代わりに大理石らしき白の床が見えた。
混乱しながらも、取り敢えず頭痛が収まるのを待ってから周りを見渡すと、木でできた横長の椅子がズラッと並べられている。
もっと周りを見ると、色とりどりの光が差し込むステンドガラスと、大きな大きな鐘があった。

「おや、お祈りをしに来られた方ですか?」

後ろから声を掛けられて振り返ると、神父の服を着た男がいた。

ゴ―――ン

今度は頭痛なんか起きないような、優しい音が聞こえた。


でも、なんだか胸騒ぎがする音だった。

12/21/2023, 9:59:16 AM