(テーマ:幸せに)
「———は幸せになりたいと思い、その申し出を受け入れました」
退屈な午後の国語の授業。
うたた寝をしていた私の耳に、その一節が届いた。
(幸せ…)
たった2文字の言葉に妙に惹きつけられた。
不意に顔を上げたせいで先生と目が合うが、そっと微笑んだだけで、彼女はそのまま朗読を続ける。
「幸せ、か」
もちろんその言葉は知っていた。
だがありふれた言葉で、特に意味をよく考えたことはなかった。
「どしたの急に?」
隣でお弁当を広げていたカズハが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「私にとっての幸せって何だろうな、って」
「人生迷ってる感じ?」
「いや、幸せすぎるから、その秘訣を探ろうとしてる」
こうしてカズハと机を繋げて食事をするのは楽しい。
これは幸せだ。
ペットの猫が膝に乗ってきてくれるのは嬉しい。
これも幸せだ。
夕食後、家族でバラエティ番組を見るのは面白い。
これも確かに幸せだ。
「私の人生恵まれすぎてるから、幸せがどんな気持ちかよくわからないんだよね」
「皮肉かよ」
「そこで聞きたい。ずばり、カズハにとっての幸せは?」
メロンパンにかぶりついていた彼女の動きが止まる。
「…あんたほど幸せじゃないよ」
「人生迷ってる感じ?」
そっくりそのままの言葉を返すと、カズハはふっと頬を緩めた。
「まーね。親は喧嘩するし、私は兄妹の中でも出来損ないだし、勉強はつらいし。家族も、あんた以外の人間も、みんな嫌い」
「言うねー」
「事実だし、別によくね」と呟きながらまたパンを食べ始める
「……」
カズハは普段から態度はキツいし口も悪い。
私よりも全然友達は少ないし、1人でいるのもよく見かける。
きっと見た目の派手さのせいだろう。
でも私はそんな彼女が好きだ。
カズハが大好きなメロンパンを頬張る姿を見るのが、私は大好きだ。
「めっちゃ見てくるじゃん。なんかついてる?」
「んー?何でもないよ」
「ただ」と付け加える。
「私はもう一つ幸せを見つけられそうだと思って」
「見つけられそう?」
「そう」
にっこりと笑って、彼女の目を正面から見つめる。
「カズハが幸せになってくれたら、私は幸せだなって」
ぽかんと口を開けた彼女は「え?」と気の抜けた声を出す。
「私はカズハに幸せになってほしい。カズハが幸せになれば、私も幸せになる」
こういうの、なんて言うんだっけ。
すごく得ができるやつ。
確か、そう———
「一撃二鳥ってやつ!」
「バカ、一石二鳥だろ」
「あれ、そうだっけ」
そこで、カズハが「ふっ」と吹き出した。
つられて私も笑ってしまう。
さっきまでの、彼女の微かな暗い表情が消え、それが余計に私を笑顔にさせる。
「カズハ、もしかして、今幸せ?」
「ばれた?」
肩を揺らしながらカズハは言う。
「幸せが全くないとは言ってないでしょ。あんたと過ごす時間、全部私にとって幸せだよ」
そんな嬉しい言葉を、まっすぐに伝えてくる。
「あんたの幸せ、ひとつ増えたね」
「へへっ、幸せだ〜」
3/31/2026, 1:19:45 PM