sairo

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紺色の夜空に流れる星を見つけ、駆けだした。

もっと速く。あの星に追いつけるほどに疾く。
けれどもどんなに速く走ろうと、星は遠く離れていき。瞬きのままに消え失せた。

限界を迎えた手足が動くのを止め、その場に崩れ落ちる。
荒い息を整えながら、仰向けになり見上げた空は、どこまでも遠い。

もう何度繰り返したのだろうか。届くはずのない星を追いかける、この意味のない行為を。
十を超え、百を超えて。もう千すら超えただろうか。もう分からない。
届かない。今までも、これからも。それこそ永遠に届かなくなってしまった。
本当は諦めてしまうべきだと知っている。星を見ないように目を閉じてしまうのは簡単で。けれど追いかける事を止めてしまうのはとても恐かった。

星がまた一つ流れて行く。
あともう一度。もう一度だけ追いかけたら、今度こそ終わりにしよう。
ゆっくりと体を起こし、星を探す。燦めく無数の星が、今は何故かぼやけて見えた。


星が流れる。
それを追いかけようとして。けれど流れて行く先が、自分の方だと気づいて足を止める。
近づいてくる。自分には追いつけなかった、風のような、光のような疾さで星が向かってくる。

強い白の光に目を灼かれ、思わず閉じる。
赤に染まる暗闇の中、ずっと追いかけていた声が聞こえた。

「もしもし。聞こえてないかもしれないけれど、ひとつ言っておきたいから勝手に言うわ」

淡々とした声音。どんな時も冷静に状況を判断していた常に前を行く頼もしい背を思う。
振り返る事のない、油断していればすぐに見えなくなってしまう、流星のように燦めき先へ行く彼女の背はいつだって自分の憧れであり、目標だった。

「私はこれからも進み続けるわ。あなたがいなくても、一人きりになっても立ち止まったりはしない。それが私だから。だからこれでさようなら」

一方的な言葉は、いかにも彼女らしい。
くすり、と笑みを溢し、ゆっくりと目を開けた。
白の世界の遙か遠くに、追いかけ続けた彼女の背。最後まで振り返る事がないのだなと思うと、寂しさよりも安堵に似た気持ちがこみ上げ、そっとその背に向けて呟いた。

「うん。どこまでも先に進んで行って。誰よりも憧れた、燦めく星のようなあなたでいてね。次があるとしたら、きっとまた追いかけるから。だから今はさようなら」

別れを口にして、そして初めて自分から彼女に対して背を向けた。

白の世界から離れていき、元の紺色の夜の世界まで歩いていく。久しぶりにゆっくりと歩いたような気がして、なんだかとても不思議な感覚だった。

道の先、小さな少女に目を止めて。
お迎えを待たせていたなと、少しだけ小走りになる。

「ごめんなさい。待たせてしまった」
「いいの…もう、大丈夫?」
「うん。大丈夫」

小首を傾げて問われた言葉に、苦笑して答える。
もうだいぶ待たせてしまっていたのに、文句ではなく心配の言葉なのが申し訳ない。
差し出された手に、手を重ね。導かれるままに歩き出す。


「追いつきたかったな」

不意に、ぽつりと溢れた本音。
立ち止まりこちらを見上げる少女に、なんでもないと首を振った。

「ごめん。大丈夫だから。ただやっぱり追いつけなかったのは少し悔しくて」
「悔しい?」
「悔しい。だから次に行く」

たとえその先で会えなくても構わない。
このまま進む事の出来ないこの場所で、追いつけない星を追いかけるよりはずっといいから。
彼女は先に進むのだと、立ち止まる事はしないと言ったのだから。

だからちゃんと前に進まなければ。

「行こう。悔しさも憧れも全部、ここに置いていくから。大丈夫、ちゃんと一人で進めるから」

もうこんな所で迷わない。そう笑って告げれば、少女は頷いて手を引き歩き始める。
今度は止まらない。空を見上げて星を探す事もない。
進むために邪魔なものは捨てていける。

少女に手を引かれる先。その暗闇は、どこか優しくて。
終わりとはこんなにも穏やかなのかと、初めて知る夜の暖かさに目を細めた。



20240905 『きらめき』

9/5/2024, 2:38:31 PM