S.Arendt

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これは昔の話

神様と崇められていた魔法使いと
化け物として恐れられていた力を持つ何かが出会った時の話






つんざくような痛みに似た寒さが襲う。
吹雪の中で頼りになる灯りが一つ、灯ってはいるが近づけない。
幼い魔法使いはただひたすらに灯りへと向かっていた。
己の住まう集落から少し外れた場所へ散歩に行った少年は迷った。突如見覚えのない森に入ってしまい、集落へと戻れなくなってしまったからだ。
まだ力が未熟で、己を寒さから守ることもうまくできない少年は鼻水を凍らせ、手や鼻の先が悴んで熱く感じ始める。

あまり状況がよくない。急いで灯りの方へと歩みを進める。


ギャアーーーッッッッ

灯りの方向で断末魔が聞こえた。
このまま進んでもあの断末魔の主のようになってしまうかもしれない。
だが、少年が元の道を戻っても出ることができないこの森で
頼ることができるのは一つの灯りだけであった。

………

ざく、ざくっ

少し抵抗があるがやむを得ず少年はまた歩き出す。

灯りが近づいた頃、血が滲んだ箇所を見つけた。
真っ暗な闇に染まった白い雪がじとり、と赤色がこべりついて沈んでいる。
前方を見やると掠れた声で喉から血を垂れ流しながら命乞いをする魔法使いがいた。
その命乞いはとても震えていた。
寒さによるものか、恐怖によるものか、はたまた両方か…
「お、おへはいひまふ」
口も既に寒さによってうまく開けられていない。
魔法使いの言葉はすぐに途絶えた。赤い血飛沫とともに、紫色の結晶を落として。

命乞いをされていた人物が聞く間もなく、そして躊躇いもなく男の首を刎ねたからだ。
目の前の命を奪ってもそれは動揺せず結晶、石を口へ放り込む。魔法使いの命が終わった瞬間、魔力の石となる。
それを口にするということは彼も魔法使いである。

ただ、あまりにも異質な雰囲気に少年は息を殺した。
雪に溶け込んでしまいそうな彼の見目は夜闇にいると酷く目立つ。白い服に、白い肌、柔らかに風に靡く銀髪。

集落で神様と呼ばれてはいるが、自分の目の前にいるこれが神ではないのかと…
彼の強さ、恐ろしさや美しさがそう少年に感じさせる。

ぐるん、
彼の顔が動き横を向き

少年と青年は目があった。

まずい

そう思った瞬間にはもう遅く、喉元に刃物が当てられていた。

“お前はだれ?お前もこの森を侵略したいの?無駄なのに”

感情がないような虚ろな目で青年が少年の顔を覗き込む。
寒さで凍えている少年はうまく動かすことのできない口で一生懸命に伝えた。

「この森から出たい、いつのまにかここにきていて困ってい
 ただけだ。外に案内してほしい。」

きら…きらと彼の目が光っている。
思わず見惚れて恐怖を忘れたような心地だった。

“ふぅん、嘘じゃないんだ。初めてそんなやつが来たな。”

ぱ、と刃物をしまい、呆気に取られている少年の手を掴み歩きだす。

”この森に2度と入らないでね、もう一回入ったら殺す。
 俺はここの森、集落を1000年守る契約で眠ってたんだ。“

温度感のない声色が淡々と話す。
ただ前を向き、目的地へと引っ張り続けてくれた。

”ほら、ここが出口だ。さっさと帰りな。”

「あ、ありはとう」

………寒さで口が開かない。眠くなってきているし、そろそろ死ぬ間近だろう。

“あぁ、う〜ん……脆いなぁ。お前、20分魔法かけてやるか
 ら住んでる場所に戻ったら人間に伝えろ。森が見えても入
 るなって。この森は普段は結界で隠れてるから、気にする 
 必要ない。”

ぽう、と暖かな空気に包まれる。
流石の彼も目の前の幼い命が凍え死にそうになっていることに気づき、魔法をかけた。

「ありがとう、必ず伝えよう」

つんとしているようでなんだか優しく感じる彼に向き合い、礼を告げる。
振り向くと目の前の広大な景色の中に集落を見つけた。

“さっさと行きな、もうここは閉じるから戻ってくるな。”

すぅ……

森が吹雪と共に消えていく。
一つ瞬きをすると元々そうであったように雪原が広がる。
あの寒さと鉄の臭いが夢に思える。

「帰らなきゃ、皆を心配させてしまうな。」

一歩一歩、彼は元の日常へと戻り集落で神と崇められる。
雪に覆われたこの国で、集落を加護する神と。
足跡は数秒後には雪に埋もれて森がどこにあったかなんてわからない。

また会えるだろうか

あの、月のように煌々と輝く目を持つ恐ろしく美しい存在に




それから2千年ほど経った頃に魔法舎で彼らは再会する
そのお話はまた別の機会に…

11/13/2024, 3:32:15 PM