宵闇に響く祭囃子が聞こえた。
陽気な笛の音や太鼓の音につられて通りに出れば
明かりを灯した提灯が緋色に輝きながら揺れている。
「はて、今日は祭りの日だったかな?」
思えば大人になってから随分と祭りには行っていない。子供の時であれば夕方から夜遅くまで友達と楽しんだものだ。
祭りの時だけ門限が緩かったのも、祭りならではで、特別感があった。…大人になった今となっては夕方に帰る方が難しく、夜遅くまで外にいることに特別感を感じることはもうない。
ビールを片手にテキ屋巡りというのもたまには良いかもしれない。
祭囃子がする方へ俺は足を進めた。
通りにぶら下がる提灯が風に揺られている。
提灯には祭りの協賛社名が書かれているがどうも妙だ。
㈲稲荷大神
㈲御食津神
㈱大黒天
㈱弁財天
随分と験を担ぐ会社が多い。
この地域にそんな会社があっただろうか。
そんな事を思いつつ、祭りが行われているであろう方角へ俺は歩を進めた。
おかしい。
そんな言葉が過ったのは、四辻を曲がった時だった。
ズラリと並ぶ提灯が辺りを照らしている道をずっと歩いてきたが、今のところ一人ともすれ違っていない。
いくら盛大な祭りで盛り上がっているからだとしても、祭り会場から帰るグループと一組もすれ違わないということは無いだろう。
その奇妙さに気が付くと途端に冷や汗が吹き出し、
心臓がバクバクと音を立て始めた。
そもそも今は何時だ?
俺は腕時計を見ようとして固まった。
腕時計がない。
そうだった。
仕事から帰ってきて腕時計は外したのだった。
それから、出来合いの夕飯を食べて、風呂に入って、窓辺で涼もうと窓を開けたら祭囃子が聞こえて…。
仕事が終わったのは9時過ぎだ。
ならば、家につくのは半過ぎだろう。
たいていの祭りは9時頃でお開きのはずだ。
では、今行われている祭りは一体何時間延長しているというのだ。
冷静になればなるほど冷や汗が止まらない。
そもそも、提灯の名前だっておかしい。
神の名前を騙る会社がこんなにこの地域に密集しているのはどう考えても変だ。
生温く、どこか血生臭い風が背後から吹いてきた。
風に煽られた提灯がゆらゆらと不気味に動く。
俺は驚愕で目を張った。
提灯に書いてある文字が社名ではなくなっている。
同じ文字がズラリと並びこちらを見ている。
「黄泉路へようこそ」
俺は恐怖から後ろへ逃げ出そうとして…。
おやおや、黄泉では振り向いてはいけないったら。
7/28/2023, 2:13:49 PM