ゆかぽんたす

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今日も、空には月と星が瞬いている。それ以外の灯りはあまりない。もう殆どの店が閉まった時間帯。少しだけ薄気味悪い帰路を重い足取りで歩く。
連日の残業続きで心も体も疲労がピークだった。この生活に慣れる日は来るのだろうか。今夜もどうせ、帰って残された力を振り絞ってシャワーを浴びたらすぐベッドにダイブだろう。やることがあってもとてもじゃないけどその気力が起きない。せめてお風呂に浸かれたら。その為にはお風呂を沸かしといてもらえたら。そんなこと、一人暮らしの身には無理な話だけど。
地味にきついアパートの階段を登って、ようやく自分の部屋の扉の前に辿り着く。血の気が引いた。自分の家の中に灯りがついてる。消し忘れたなんて、今までになかった。恐る恐るドアノブに手を掛けると、なんと開いていた。
「……うそ」
さっきまで抜け殻状態だった体が急に強張っていく。全身の血の巡り方が一気に変化した。どくどく鳴る心臓を抑えられないまま、私は扉を開けた。
「あ、おかえり」
膝から崩れ落ちた。どっと吹き出た汗がまだ止まらない。何回か深呼吸をした後、不法侵入者もとい、自分の恋人を睨みつけた。
「遅かったね、お疲れ様。あんまりお腹空いてないと思って簡単なものだけ作っといたよ」
へらりと笑って彼は冷蔵庫からラップのかかった皿を取り出す。
「でも先お風呂入る?沸いてるよ。……って、どうしたの」
「びっ……くり、した」
「ん?」
「もう!来るなら連絡ちょうだいよ!」
「あはは。ごめんごめん」
彼は笑いながら座り込んだままの私に手を差し出してきたので、素直に掴んで立ち上がる。
「なんで急に来たの」
「え?来ちゃ迷惑だった?」
「そんなことはないけど。びっくりするじゃん。こんなこと、今までなかったから」
合鍵は渡していたけど、こんなふうに突然彼が来ることなんてなかった。前例が無かったから故に、こんなに驚いたのだ。
「ごめんね、驚かせて。でも、そろそろお前が潰れちゃう頃かなって」
だから救出に来ました、と言って私の頭に手を置く。その優しさが次第に染みてきて、うっかり泣きそうになった。
「……どうして分かったの?私がしんどいって」
「んー?神様がね、お前がヤバいから助けに行けって言ってきたんだ。だから来たよ、愛しの彼氏さんが」
「なに、それ」
なんてくだらない冗談なんだ。でもそれさえも、今の私には嬉しくて愛しくて。途端に全身の力が抜けて彼の胸に倒れ込んだ。

神様ありがとう。彼の前に舞い降りてくれて。

7/27/2023, 1:24:45 PM