不動産のチラシばかりが投函される、私の部屋のポストに桃色の封筒が投函されたのは、2月の初めのことだった。
初めは、送り先を間違えられたものかと思った。しかし、その封筒には確かに私の名前が書かれていた。ただ、不思議なことに切手も貼られていなければ、ここの住所すら書かれていない。誰かが直接、部屋のポストに入れたということだろうか。
私は色々と疑惑を抱きながらも好奇心に打ち負け、封筒を留めていたハート型のシールを剥いだ。
中には便箋が3枚入っているだけだった。白地にラインが引かれただけのシンプルなデザインのもの。その上に置かれた文字は。
『⚪︎⚪︎へ
こんにちは、お元気ですか?突然のお手紙に驚いて
いるでしょうね。ですが、もう一つあなたを驚かせて
しまう事をお伝えします。私は、10年後のあなたです。未来から、過去の私、つまりあなたにお手紙を書いているのです。信じられないでしょう。10年後には、手紙を過去に送る技術が生まれるのです。楽しみにしていて下さい。
さて、ここで本題に入らせて下さい。落ち着いて読んでほしいのですが、私はとある難病に罹ってしまいました。あと、半年の命だと医者に言われています。
ショックですよね、私もです。私の人生には、後悔が
多すぎる。もっと、幸せに生きたかった。
そこで、あなたにひとつお願い事をさせて下さい。
大学で同じ専攻の、××君。彼に、告白してくれませんか。今、あなたが彼の事をただの友人だと思っている
事はよく知っています。それでも、彼との付き合いが長く続くうちに、あなたは彼の事を愛すようになります。でも、長く続いた友人という関係が邪魔をして、告白する勇気を失うのです。だから、今もずっとただ
の友人のまま。これからも、告白する事は出来ないと
思います。だから、彼と出会った頃のあなたに、彼に
想いを伝えて欲しい。今は好きでなくても、いつか愛おしくてたまらない存在になるから。
あなたが、後悔しないために。私が、ひとつでも悔いを消して旅立てるように。どうかお願い。
⚪︎⚪︎より』
ありえない、こんな事。私は薄く開いた唇から空気が漏れ出るのを感じた。手が震え、便箋が床へと落ちていく。すると、便箋が床の上で裏返り、紙裏に書かれた言葉が私の目に飛び込む。
『信じられないかもしれないから、あなたしか知りえない事を書いておく。
大切にしているシマエナガのぬいぐるまの名前は、雪。お気に入りのお菓子はぽたぽた焼き。ベッド脇のテーブルに置いているアロマキャンドルは隣町のIKEAで買ったバニラの香りのもの。
どうかな、これで信じてくれるといいな』
…当たっている。胸がどくどくと痛むくらいに早鐘を打ち、膝から崩れ落ちる。
これは、本物なんだ。
驚きと恐怖、不安が身体中を這い回り、冷や汗が出るのを感じて。もし、これが本当ならば。
私は、スマホを手元に引き寄せ、LINEを開いた。トーク履歴の下の方にある、××君の名前をタップする。
最後の会話は1ヶ月前。課題の提出期限を確認するだけの短い会話だった。こんな彼が、本当に人生を賭けて愛せるような存在になるのだろうか。想いを伝えられず、人生の悔いとなってしまうような存在に。
僅かに震える指先を画面に当て、メッセージを打ち込む。
『お疲れ様!良ければ今度、呑み行かない?テストの打ち上げって事で』
〜〜〜
俺は、口角が歪むのを感じた。あんな怪しすぎる手紙を信じてしまうなんて、本当に彼女は可愛いな。彼女から来た、呑みの誘い。それこそが、彼女があの手紙を受け取り、その内容を信用した証拠だ。
馬鹿だなぁ。
ぐっ、ぐっ、と笑いを堪えながら彼女からのメッセージに返信する。
『突然だね。笑
全然いいよ〜、いつがいいかな?』
LINEを閉じて、写真アプリを起動する。そこに表示される、『⚪︎⚪︎』のフォルダ。そこには、こちらに視線をくれない彼女がずらりと並んでいた。だが近いうちに、彼女の笑顔、真正面からの笑顔が並ぶようになるだろう。
楽しみだなぁ。10年後まで一緒に居ようね。
2/16/2024, 4:02:18 AM