どうして泣くのかと聞かれた。
あんたがそれを言うのか、と思った。
昔から、どこかズレているやつだった。いつものほほんとしていて、楽観的で。どちらかといえば慎重派な私とは、噛み合わないことがよくあった。
幼い頃の私は今よりも怖がりで、よく泣いていた。隣にいたのは決まって幼なじみのやつだったから、その流れで泣きつくこともままあった。自分の中の恐怖に共感されないことがもどかしくて、けれど同時に、確かに救われてもいたんだ。
あの頃は置いていかれたらどうしようと、そればかり考えていたのを覚えている。
けれどまさか、今になって本当に居なくなってしまうとは思わないじゃないか。
やつが行方不明になったのは、今からひと月くらい前だった。行先も告げず、ふらっと出ていったきり帰ってこなかった。やつの家族は大騒ぎで方々に連絡をして、それでもやっぱり見つからなくて。
再会を願ってはいた。はやく帰ってこいと思った。けれど、それがこんな最悪な形になるなんて聞いてない。
学校帰りの帰路の途中。人通りの途絶えた、住宅街の夕暮れの中で。久しぶりにその姿を目にして固まった私に、やつは嬉しそうに言ったのだ。私に霊感があって良かった、と。
赤く燃える夕陽を背にしたやつは、逆光の立ち位置に居るにも関わらず、影がなかった。その体をよく見れば、向こう側の景色が透けているのが分かる。空気を震わせることの無いその声は、聞きなれた生者のものとはどこか違う。
明らかにこの世のものではないそいつの様子は、既に手遅れであることがいやでも伝わってきた。
ぼろぼろと目から熱いものが流れ落ちてくる。それを自分の腕で乱雑に拭いながら、おろおろと挙動不審な動きをする霊体を睨みつける。
「っ、ふざけるなよ」
どうして泣くか、だと? なぜ分からない。馬鹿じゃないのか。
あんたはいつもそうだ。周囲には楽観的なくせに自己肯定感だけは妙に低くて、平気で自己犠牲的な行動を取る。それを見ている周りの心配なんて歯牙にもかけない。
死んでは居るけど会えてるんだから、とやつは言う。そういう問題じゃない。そんなことも分からないのか。
馬鹿じゃないのか。
幼い頃に戻ったようだ。涙が止まらない。自分の意思とは関係なく、喉がひっと音を立てる。声を殺そうとしても叶わずに何度もしゃくり上げていると、ぼやけた視界の中で何かが動いた。
手が伸びてくる。昔のようにそれは私の頭へと向かって、けれど、いつまで経ってもなんの感触もなくて。少ししてから、ゆっくりと腕を引っ込めたやつが、目の前で寂しそうな顔をした。
視認はできる。会話はできる。でも接触はできない。
置かれた立場が違う。住んでいる世界が違う。もう二度と何かを同じように感じることは無い。二度と同じように共有出来ることは無い。
これが死者と生者を分かつ、絶対に越えることのできない壁だ。
涙がこぼれた。
こんな再会を望んでいたわけではなかったのに。目の前の顔を見ながら、唇を引き結ぶ。
けれど、それでも。
あのまま二度と会えないよりはよっぽど良かったと、少しでも思ってしまったのも、確かだった。
∕『なぜ泣くの?と聞かれたから』
8/20/2025, 9:57:16 AM