天才と呼ばれた彼はきっと神様から立派な翼を預かったのだろう。
スポーツ、強いて言うならテニスという競技は才能の差という物が顕著に現れる競技ではないだろうか。別にそれによって全てが決まると言っている訳では無い。試合している中で目まぐるしく展開が変わっていくスポーツの代表と言いたいのだ。そんなテニスの世界の中では、まず瞬発力やスピード、筋力や持久力と言った根本的な身体的要素から冷静さ、集中力、試合の流れを読む力と言った精神的要素が強く必要となってくる。まぁ別に各スポーツの間にそこまで明確なスキルの差は無いのだけれど。つまり言いたいのは必要となる、あればある程いいと言われている能力が多ければ多いほど天才と凡人の差を広がっていくというわけだ。
彼はテニスの才能を持って生まれた。きっと神様が彼のことを気に入ったのだろうと言えるくらいに彼は上手かった。その上彼は貪欲だった。勝利に、強敵に、敗北に、、、。彼は未だ見ぬ強い敵に挑むために多くの時間をテニスに費やしてきた。、、いつしか彼はこう呼ばれるようになる。"天才"と。別に初めの頃は気にしていなかった。言っているのは弱いやつだ、人との差ばかりを考えてその差をどう埋めるかではなくその差に理由を求めるだけの負け犬だと。けど、何をやっても「アイツは天才だから」「比べたところで意味もない」「監督も無理だって分かってるくせに」「最初から越そうと考えることが無駄」。そう言われ続けてきて、彼は止まった。気づいたのだ。自分は誰かに負けることを求められていない、勝つこと以外は間違いだと言うように彼の今までを蔑ろにされていることに。彼は貪欲だった。強くなるために考えられないほどの量、質、時間を練習に当ててきた。でも周りの人間はどうせ彼が勝つのだから彼がどれだけ練習していようが気にも止めなかった。その事に気がついた時彼の目標は1つになっていた。それは、負けること。なんてふざけた目標だと人は忌避するだろう。だが、その望みは天才と言われた彼だけが持てる目標だった。だから、彼は決めたのだ。皆が目指す王者になろうと。誰もその事には気づかない。だって今までものこれからも最強は彼でそれ以外になることはないと疑わなかったから。その事が彼の歩みを止めたということにさえも気づかなかった。
彼が勝ちたいと渇望する相手を諦めたのは他でもなく、彼に勝ちたいと思っていた人たちで、彼に勝てないと諦めた人のせいだった。別に全責任を彼らに負わせるつもりは無いが、彼を天才に、誰にも追いつけない存在にしたのは紛れもなく彼らだった。向けられていた眼差しはいつかこうなりたいという羨望から、なんでこいつにはという嫉妬、果てには勝てなくてもしょうがないという諦念を孕んだものに変わり果てる。今まで見てきたいくつものその色が彼を変えた。
彼はずっと1人だ。仲間と好敵手と監督と高め合うはずのスポーツは彼には無かった。
神様も酷いものだ。どこにだって飛べる翼をくれたのなら休む場所を与えてくれたって良かったのに。長い間上へ上へと目指していたおかげで視界の中には、何も映らなくなっていた。それに気づいて引き返そうとした時には戻る道が分からなくなっていた。飛ぶ力など残っていないが、それでもどこへだって飛べる翼があって、気持ちを置いてバカになったみたいに翼だけが動きを止めない。骨を折って、羽毛も剥がれた醜い羽は遠目では誰にも気づかれない。
_____もう、誰でもいいから助けてくれよ。
そう呟いた彼の声が届くのは、彼の心が負け墜落した時か、誰かが怪我をおった彼に気づいた時か。どちらが先かは神のみぞ知るところだった。
飛べない翼
11/11/2024, 1:06:33 PM