背伸びしたネコ

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恋物語



「君は緑が似合うね〜。」

彼女はそう言って、芝生に寝転がり読書をする僕の額に濃い緑の葉を当てがいながら、顔を覗き込んでくる。

ふわふわとした髪の毛からシャンプーの香りがする。

僕はそれを聞き流しながら、「シャーロック・ホームズの冒険」に集中する。


「オレンジも似合うかな〜水色も似合うかな?」

そう言いながら彼女はどんどん僕の額に小さな花を乗せていく。

右目が水色の花に邪魔されながらも、僕は抵抗を続けたが棺に入る前に顔中を花だらけにされているのはいささか不愉快だと感じ、読書を中断した。

頭をぶるぶると振って顔中に乗った花たちをふるい落とす。

彼女は僕が反応したことで、嬉しそうに笑いながら言った。

「私には何の色が似合うと思う?」


「黄色」


考えるよりも先に言葉が出ていた。

即答した僕に驚きながらも、彼女は

「どうして黄色だと思ったの?」

と僕に尋ねた。

「わからない、適当。」

と答えると彼女はブーブー言っていた。








彼女に初めて出会ったのは、13才になった頃だった。

僕は家の事情で、中学生に上がると同時に祖母の家に引っ越すこととなった。

知らない人達ばかりの学校に入学し、読書が好きで無口な僕は一人も友達ができなかった。

1人で休み時間外を散歩していると、校舎の裏の花壇のそばにある木の下にはあまり人が来ないということに気づいた。そこを自分のお気に入りスペースに認定した。

休み時間はいつもそこで読書をして過ごした。


「ねえ、何を読んでるの?」

ある日彼女は現れた。

彼女は、環境委員として花壇の手入れをする係らしい。
土をいじるのは、あまり人気では無いようで係も彼女一人しかいないらしい。


彼女は僕が無視し続けても話し続けながら花壇の手入れをせっせと行っていた。

何故か僕は彼女に気に入られ、迷惑なことによくお気に入りスペースに出現するようになった。

彼女は花の手入れをする時間がとても好きなようだった。

花の名前を全て知っていて、聞いてもいないのに僕にそれを教えながら楽しそうに水をやっていた。

花の話をしている彼女は幸せそうだった。




1度、大きな台風がやってきて花壇の花が全てボロボロになってしまった事がある。

茎が折れ、葉が茶色くなり、花に詳しくない僕から見てもそれはもう戻らないことを物語っていた。
萎れたその花たちを見て彼女は初めていつものくるくる変わる表情を無くし、黙ってそれを見つめていた。

泣くわけでも、喚くわけでもなく、ただそれをじっと静かに見つめてとぼとぼと帰っていった。


僕はその週末、誰にも内緒で近くの花屋へ行って何個か彼女が好きだと言っていたような花の苗と肥料を買って学校の花壇に埋めにいった。


初めて触る土は爪の中に入ってきて少し嫌だった。
土の中には幼虫や色んな虫がいて叫びそうだった。
虫が大の苦手だった僕は何度も休憩しながら、苗を植えた。

高さや列が綺麗に揃うと少し気分が良くなった。
水を少しだけあげて、その日は帰宅した。




翌日いつものように、木の下で本を読んでいると彼女が無表情のまま、とぼとぼと歩いてきた。

花壇の前で立ち止まると、その顔にはみるみるとあの光のような笑顔が蘇りパッと明るくなった。

君のその笑顔はまるで、君が大好きな花のひとつのマリーゴールドのようだった。

「お花がたくさん咲いてる!」

幸せそうな彼女の笑顔を見ていたら、なんだか胸の中がじんわりした。

「あ!君の笑顔はじめてみた!」

彼女はそう言って僕を指さす。

「笑ってないよ。」

そう言って僕はまた本に視線を戻した。










「…ああ、だから君は黄色なのか。」



そう呟くと、彼女からのはてな攻撃がまた

僕を襲ってくる。


それを無視して、


「ちょっと待ってて。」


とだけ言って、僕はまた君に似合う花を探しに行く。

そしてそれを受け取った君の顔には、また黄色い光がパッとついて僕はまたそれに負けて柄にもなく微笑んでしまうんだろう。








君のその光が僕をあたたかくしてくれる。
それをこれからも、君が教えてくれた愛する花たちを通して伝えていこうと思う。
















5/18/2023, 2:43:57 PM