私は国の妻になった。
でも心は私のもの。
国外へ嫁ぐ日。
朝焼けの匂いがする空。
近衛の騎士が私の手を取って、
「どこまでもお連れします、あなたが望むなら」
と私の目を見て言った。
今も覚えているあのときの彼の手は震えていた。
「………嬉しい」
彼は私のほんの少女の時分からの想い人だった。
森で迷子になった時、婚約が決まり二度と故国の地を踏めないと泣きくれていた時、決まって彼がそばに居た。
でも、と思う。私の今があるのは国民がいるからだ。何不自由なく暮らせているのは彼らのおかげ。それにドロを塗ることはできない。
私だけが自由になることは、できない。
二人の頭上を一羽の鳥が紅く輝く空へ羽ばたく。
「また、明日。……そういってね」
二度と来ない明日を約束して、私は彼にキスをした。
彼は息を飲んだ。
初めては彼が良かった。だから、よかった。
朝が来る。
少女の時が静かに終わり、国の母としての一日が始まるのを感じた。
7/8/2025, 9:50:53 AM