烏有(Uyu)

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「無人島になんかひとつだけ持っていけるとしたら何を持っていく?」
目の前に座っている男が私に問いかけた。
男は私に好意を抱いているようで、しつこいほどよく話しかけてくる。無下にするほど嫌ってはいないが、授業終わりや休みの日をこの男に使うほどは好んでもいない相手なので、何度かこうして学食のテラス席で昼食を共にしている。半ば無理矢理同じ席に座ってくるとも言うが。
会話の内容は、大体が質問攻めで、この男は将来インタビュアーになりたいのかというほど毎日大量の質問を浴びせてくる。
ちゃんと回答はしているつもりだが、愛想よく話すこともしないので、ここまで脈のない相手に何度もタックルすることのできるこの男の前向きさや楽観的なところは羨ましいと思えるほどだ。
「本かな。」
端的に答えた。
「あーたしかに、鈴木さんらしいな。」
男は大きく頷く。
「心理テストってわけじゃないけど、なんとなく、その人の大事にしてるものがわかる気がしねえ?」
「…?」
いつになく真剣な表情だったので、まともにその言葉の意味を考えてしまった。
「無人島なんて絶望しかない場所で選ぶものなんだから、日常的にそれを拠り所にして生きてるのかなって思うんだよなあ。」
「え、そこまで考えてなかった。」
無人島。人のない島。そこに行けば誰にも邪魔されることなく、自分のしたいことができ、喧騒もなければ人間関係なんてまどろっこしいものに縛られずに済む。
「やっぱり鈴木さんて面白いこと言うなあ。」
「はぁ?」
「人間は社会的動物って言うじゃん。無人島で1人で生きていけると思うの?メシ確保したりとかさあ。」
「…たしかに、誰にも縛られないバカンスくらいの気持ちだったわ。それに、本や映画は好きだけど、娯楽でしかないかな。」
私が言葉を発する度に、いろんなバリエーションで驚いた表情を見せる。私にはない表情筋が備わっているんだろう。
「じゃあ逆に、鈴木さんにとって、希望って何?」
希望か……。
今に満足してるから、特に浮かばなかった。
「絶望してないから、希望もないかな。」
その時、男は唾を飲み込んで、今日1番驚いた顔をした。
「強いて言うなら、ずっと人に合わせたり、集団行動したりとかが苦手だから、そういう時は絶望感あるね。自分の時間を確保するのが私の希望…って言えるのかな。本とか映画はそれを実現するための手段的な?」
この男と話す時間で1番饒舌に話してしまった。
「…なるほどなあ。俺、鈴木さんみたいになりたい。」
そう言うと、スッと席を立って、彼は去っていった。
うーん、むしろ、ありがちな無人島の質問で、絶望とか希望とか考えたことある人の方が少ないんじゃないか?と突っ込みたくなったけど、次に会う時にはもう忘れてるだろうな、私が。
私は彼を、能天気で自信に満ち溢れた男だと思っていたけど、そんな彼の「絶望」が何なのか、とても知りたくなった。
彼が無人島に何を持っていくのか、今すぐ追いかけて行って聞こうかと思うほど、引っかかった。
無人島を「絶望しかない場所」と表現した彼の、絶望から生まれるたったひとつの希望を、知りたいと思った。

7.たった一つの希望

3/2/2023, 12:23:33 PM